くは)” の例文
見ると、床に落ちて、粉々こな/\に砕けてゐる洋盃コツプそばを、大きな灰色の鼠が血だらけな英雄の心の臓をくはへて小走りに逃げのびようとしてゐる。
猫の方は猫で、相変らず蛙をくはへて来て、のつそりと泥だらけの足で夕闇の座敷をうろついて居た。彼は時にはそれらの猫を強く蹴り飛ばした。
煙管きせるなんかくはへて覗く奴があるか。そいつは煙硝えんせうだよ。——火が移つて見ろ、お前も俺達も木ツ端微塵みぢんだぞ」
ゆき子は一本唇にくはへて、伊庭にマッチをつけて貰つた。伊庭はうるさい程、いろいろな事を尋ねた。やがて、ズルチン入りのどろりとした汁粉が運ばれた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
さては去年の病鶴びやうかくおんむくはんため異国ゐこくよりくはえきたりしならん、何にもあれいとめづらしき稲なりとて領主りやうしゆたてまつりけるに、しばらくとゞめおかれしのちそのまゝあるじにたまはり
あんな小さいこむすめをくはへてゐるといふことは、生きるに重みを感じないものか。
末野女 (旧字旧仮名) / 室生犀星(著)
尋る中彌生やよひの空も十九日子待ねまちの月のやゝ出ておぼろながらに差かゝるつゝみやなぎ戰々そよ/\吹亂ふきみだれしも物寂寞さびしく水音みづおとたかき大井川の此方のをかへ來かゝるに何やらん二ひきの犬があらそひ居しが安五郎を見るとひとしくくはへし物を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
黒衣を着け、葉巻くはへて歩いてゐる。
その折この詩人は穢い百姓家の入口に、老いた一人の印度人の婆さんが、だらしなく蹲踞しやがんで、薄穢い粘土製のパイプをくはへて、すぱすぱ煙草を喫してゐるのを見た。
茶話:12 初出未詳 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
さては去年の病鶴びやうかくおんむくはんため異国ゐこくよりくはえきたりしならん、何にもあれいとめづらしき稲なりとて領主りやうしゆたてまつりけるに、しばらくとゞめおかれしのちそのまゝあるじにたまはり
八五郎の顏、——獲物をくはへた獵犬のやうな顏を見ると、平次はそつと物蔭に呼びました。
彼の目には、もんどりを打つ竹ぎれからす早く身をかはして、いきなりそれを目がけて飛びかかると、その竹片たけぎれくはへたまま、真しぐらに逃げて行く白犬が、はつきりと見えた。
伊庭は毒舌どくぜつを吐きながら、煙草を出してくはへると、マッチを探す様子で、そこいらにある、ラジオや大きな枕に皮肉な笑ひを浮べた。ゆき子は伊庭の表情を見て胸にかつと燃え立つものを感じた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
ある時日光へ往つての帰途かへりみちに、夫人は誰かに買つて帰るつもりで、土産物を売つてゐる一軒の小店こみせへ入つた。村井氏は葉巻をくはへたまゝあとからのつそりいて往つた。
新吉の顏にはおほひ切れない得意の色がみなぎります。ガラツ八の八五郎は、指をくはへて引下がる外はありません。蜘蛛の習性に通じなかつたのが何んとしても八五郎の手ぬかりです。
この景色を見るために、何故なぜもつと早く目が覚めなかつたらうと、彼は思つた。縁を下りて、顔をば洗はうと庭を通ると白い犬が昨夜くはへて行つた筈の竹片たけぎれは、萩の根元に転がつて居た。
横町の師匠のところで紛失なくし、お今の足袋は犬でもくはへて行つたとすると、この家で無くなつた品で本當に發見されないのは、用箪笥の鍵と、お文の櫛と、たつた二つだけになります。