号泣ごうきゅう)” の例文
旧字:號泣
常に人間の血が号泣ごうきゅうに出逢うのを忍ばなければ生きてゆくかてが得られないとすると、……これはすこし意気地がないぞとも考えた。
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
てんでに地べたの上に身を投げ出すと、両手の爪をかにのように曲げて、すさまじい号泣ごうきゅうをつづけながら、地の上をかきむしる。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
押えたような嗚咽おえつであった。次第に大きく乱れながらそれは号泣ごうきゅうに変って行った。追われるように宇治は足どりを早めた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
徳市が金比羅の帰りの汽車の中で酔いれて、一糸まとわずに演じた醜態を叩きつけるような早口でいって、畳に顔を伏せ、子供のように号泣ごうきゅうした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
通訳が後を追ってホテルに帰ってみると、その人はベッドにうち臥して、気が狂ったのかとおもわれるような号泣ごうきゅうのうちに激しく身悶えていたという。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
その人たちのすすり泣きや号泣ごうきゅうの声が高いまる天井に反響して、それが時折り構内へもれて聞えるのが、最初の二三日はなんとも言へず不気味だつたさうです。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
彼らが題せる一字一画は、号泣ごうきゅう涕涙ているい、その他すべて自然の許す限りの排悶的はいもんてき手段を尽したるのちなおく事を知らざる本能の要求に余儀なくせられたる結果であろう。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其声は舜旻天しゅんびんてん号泣ごうきゅうする声の如くいじらしく耳に響いた。霜の朝など八幡から眺めると、小川の上ばかり水蒸気がほうっと白くって、水の行衛ゆくえが田圃はるかにゆびさゝれる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
澗間たにま凹地おうちに引出された女どもの疳高かんだか号泣ごうきゅうがしばらくつづいた後、突然それが夜の沈黙にまれたようにフッと消えていくのを、軍幕の中の将士一同は粛然しゅくぜんたる思いで聞いた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
智慧ちえの果でもない、狂乱でもない、阿呆感でもない、号泣ごうきゅうでもない、悶悶でもない、厳粛でもない、恐怖でもない、刑罰でもない、憤怒ふんぬでもない、諦観でもない、秋涼でもない、平和でもない
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
二人は声を合せて号泣ごうきゅうする——そのあとはお滝がひいひいともだころぶ音。
立ってゆくのかと見ていると、そうではなく、ゆっくりと眼鏡をはずして、両手を顔にあてたと思うと、調子はずれな大きな声ではげしく号泣ごうきゅうしはじめました。
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
きみちゃん! きみちゃん! きみちゃん! 段々呼ぶ声が乱れ始めたと思うと、血をはくような号泣ごうきゅうがそれに取って代った。幾人もの嗚咽おえつが断絶しながら起った。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
号泣ごうきゅうの声が城に満ちた。いたずらに彼の屠腹とふくをかなしむのではない。人の死は日々眼にも見、耳にも聞き、おのれの死もそれと変らぬものと常にている人たちである。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
怒濤の咆哮ほうこう。風の号泣ごうきゅう。海鳥の叫声。火を噴く山。それから、岩に獅噛しがみついたわずかばかりの羊歯と腕足類カマロフォリヤ。そのほかに、何ひとつない、地底の海の、荒涼たる孤独の島。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)