乳呑ちの)” の例文
『な、なにをいうのじゃ』と、お菅は、懐中ふところ乳呑ちのみでもかばうように、又、母性の聖厳しょうごんを、髪の毛に逆だてて、叱咤するかのように
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
生れて間もないらしい乳呑ちのを抱えていたが、外にもう一人、六つぐらいになる男の児が彼女のうしろに含羞はにかみながら食っ着いていた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「お前んとこは、おかめちやんを奉公に出したから餘程よつぽど氣輕になつたぢやねえか。乳呑ちのはなし、お前んとこは、これから樂が出來るばつかりだよ。」
玉の輿 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
母親は泣き立てる乳呑ちのを抱えて、お庄の明朝あしたの髪をったり、下の井戸端いどばた襁褓むつきを洗ったりした。雨の降る日は部屋でそれをさなければならなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お暇を取りに使いを頼んで遣りましたので、お内儀かみさん毎度申しまする通り、あれ四才よッつの時に母親おふくろなくなりましたが、乳呑ちのみ盛りでございますから、わたくしが梨を両方の籠へ入れるのを
隼人の眼には、両親のない乳呑ちのみ子を見るような、やさしく深い色がたたえられた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
三十八や九で老朽とは? まだ乳呑ちのをかかえている女が老朽とは。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
「ありがとうございました。おかげで乳呑ちのみにも、さっそく、葛粉くずこを掻いてやれまする。いずれへのお旅路やら存じませぬが、あなた様方も、お気をつけて」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
銀子が初めて不断着のままで、均平の屋敷を訪れた時、彼女は看板をかりていたうちの、若い女主おんなあるじと一緒であった。女主は誕生を迎えて間もない乳呑ちのを抱いていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お繁と乳呑ちのの妹とは、こうして親たちに捨てられたのであった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もうすぐ四十で、しかも晩婚ばんこんの後藤先生には乳呑ちのがあった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
「ええ、人参湯にんじんゆでございますからね」と、乳呑ちのを抱えた、近所の若いお内儀かみさんらしいのが話しかける。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある在方ざいかたへくれる話を取り決めて、先方の親爺おやじがほくほく引き取りに来た時、尫弱ひよわそうな乳呑ちのを手放しかねて涙脆なみだもろい父親が泣いたということを、母親からかつて聞かされて
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お繁と乳呑ちのの妹とは、こうして親たちに捨てられたのであった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、その重いからだを、乳呑ちののように抱いて、自分の寝ていたうすい夜具の中へかかえ入れた。トム公は、眼をあいていながら、母のなすがままに、甘えていた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お銀は子供に話しかけながら、乳呑ちのの方を女中にあずけて出て行った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
『ところが、又一つ、茶話ちゃばなしがある。八十右衛門のおどしがききすぎた為、よほど狼狽ろうばいしたとみえ、乳呑ちのの孫を、乳母の手にあずけたまま、便船の外へ、忘れて行き居った』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)