三伏さんぷく)” の例文
盛夏三伏さんぷくの頃ともなれば、影沈む緑のこずえに、月のなみ越すばかりなり。冬至の第一日に至りて、はたとむ、あたかもげんを断つごとし。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「神も私も五十歩百歩、大差ござらぬ。あの日、三伏さんぷくの炎熱、神もまたオリンピック模様の浴衣ゆかたいちまい、腕まくりのお姿でござった。」
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
句意は三伏さんぷくの暑き天気にかわきたる咽元のどもとうるおさんと冷たき水を飲めば、その水が食道を通過する際も胸中ひややかに感ずる所を詠みたるなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ある人の言葉に、ほととぎすはいて天主台のほとりを過ぎ、五月さつきの風は茅渟ちぬ浦端うらわにとどまる征衣を吹いて、兵気も三伏さんぷくの暑さにみはてた、とある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この刺激の強い都を去って、突然と太古たいこの京へ飛び下りた余は、あたかも三伏さんぷくの日に照りつけられた焼石が、緑の底に空を映さぬ暗い池へ、落ち込んだようなものだ。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私の計画は大井川の支流信濃俣しなのまたを遡って駿信の国境山脈に登り、夫から尾根伝いに北方小河内こごうち岳をえて三伏さんぷく峠に至り、釜沢に下って大河原に出るのが目的であったから
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
水難をおそれるためか、どうかは知らないが、私は性来、水につかる事が大嫌いである、いかに三伏さんぷくの酷暑であっても、海の風に吹かれると私の血は、腹の奥座へ逃げ込んでしまうのだ
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
これ相州西鎌倉長谷はせ村の片辺かたほとりに壮麗なる西洋館の門前に、今朝より建てる広告標なり。時は三伏さんぷく盛夏の候、あつまり読む者のごとし。
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大井川奥の田代から入って三伏さんぷく峠まで、十数日にわたる南アルプスの縦走を企てたことがある。
鹿の印象 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
二千五百米以上という針木はりのき三伏さんぷくのように高い者もあれば、七十米にも足りない高田尾や百米をわずかに超えた畦倉などが中国の西部にあって、どれも皆峠と呼ばれているのであるから
(新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
にぎわいますのは花の時分、盛夏三伏さんぷくころおい、唯今はもう九月中旬、秋のはじめで、北国ほっこくは早く涼風すずかぜが立ますから、これが逗留とうりゅうの客と云う程の者もなく、二階も下も伽藍堂がらんどう、たまたまのお客は
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)