“せんご”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
戦後50.0%
戰後20.0%
譫語20.0%
先後10.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
道子(みちこ)はアパートに出入(でいり)する仕出屋(しだしや)の婆(ばあ)さんの勧(すゝ)めるがまゝ、戦後(せんご)浅草(あさくさ)上野辺(うへのへん)の裏町(うらまち)に散在(さんざい)してゐる怪(あや)し気(げ)な旅館(りよくわん)や料理屋(れうりや)へ出入(でい)りしてお客(きやく)を取(と)りはじめた。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
故(ゆゑ)に余(よ)は此(この)攝養法(せつやうはふ)の廣(ひろ)く行(おこな)はれ、戰後(せんご)てふ大任(たいにん)を負(お)へる我(わが)國民(こくみん)の體力(たいりよく)を一層(いつそう)強固(きやうこ)ならしめ、各自(かくじ)の職責(しよくせき)を遺憾(ゐかん)なく遂行(すゐかう)せられんことを深(ふか)く希望(きばう)する處(ところ)なり。
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
抽斎は時々(じじ)譫語(せんご)した。これを聞くに、夢寐(むび)の間(あいだ)に『医心方』を校合(きょうごう)しているものの如くであった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あるいは先後(せんご)を定めるのに迷って居ったのかもわかりませぬ。いや、突のはいったのは面に竹刀を受けるよりも先だったかもわかりませぬ。
三右衛門の罪 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)