鱗葺こけらぶき)” の例文
その正面に当ってあたかも大きな船の浮ぶがように吉原よしわらくるわはいずれも用水桶を載せ頂いた鱗葺こけらぶきの屋根をそびやかしているのであった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
仲之町夜桜のさかりとても彼は貧しげなる鱗葺こけらぶきの屋根をば高所こうしょより見下したるあいだに桜花のこずえを示すにとどまり、日本堤にほんづつみは雪にうもれし低き人家と行き悩む駕籠の往来おうらい
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この辺はもう春といっても汚い鱗葺こけらぶきの屋根の上にあかるく日があたっているというばかりで、沈滞した堀割ほりわりの水がうららかな青空の色をそのままに映している曳舟通ひきふねどおり。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
このへんはもう春とつてもきたな鱗葺こけらぶき屋根やねの上にあかるく日があたつてゐるとふばかりで、沈滞ちんたいした堀割ほりわりの水がうらゝかな青空の色をのまゝに映してゐる曳舟通ひきふねどほり。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
鱗葺こけらぶきの低い人家の間をば、道の曲るがまゝに歩いて行くと、忽ち廣い不忍池しのばずのいけが目の前にひらけて、新しい蓮の葉の上に、遮るものもない日の光と青空の輝きが目を射た。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
母家おもやから別れたその小さな低い鱗葺こけらぶきの屋根といい、竹格子の窓といい、入口いりくちの杉戸といい、殊に手を洗う縁先の水鉢みずばち柄杓ひしゃく、そのそばには極って葉蘭はらん石蕗つわぶきなどを下草したくさにして
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その木陰こかげ土弓場どきゅうば水茶屋みずぢゃや小家こいえは幾軒となく低い鱗葺こけらぶきの屋根を並べているのである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
広重は顔見世乗込かおみせのりこみの雑沓、茶屋飾付かざりつけの壮観をよそにして、待乳山の老樹鬱々うつうつたる間より唯幾旒いくりゅうとなきのぼりの貧しき鱗葺こけらぶきの屋根の上にひるがえるさまを以て足れりとなし、また芝居木戸前しばいきどまえの光景を示すには
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)