邪気あどけ)” の例文
旧字:邪氣
それが、顔全体いつたいを恐ろしくして見せるけれども、笑ふ時は邪気あどけない小児こどもの様で、小さい眼を愈々小さくして、さも面白相に肩をゆする。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
玉子は繁子に無いものを補うような、何処どこ邪気あどけないところをつ人だった。彼はこの若い年長としうえの婦人から自分の才能をめられたことを思出した。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
最初の日、陶がボートの中で語った話や身振り、結婚してからのさまざまな邪気あどけない遊戯、忘れていた細かいことが記憶に甦ってきて、事ごとに涙を絞らせる。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
偃松がまばらに平ったく寝ている、白山一華の白花が、ちらほら明るく咲いている、霧が谷の方から長い裾を引いて、来たとおもうと、雷鳥が邪気あどけない顔をして
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
と叱るようにして促がすと、あんな妙なお雛様って——と一端は光子が、邪気あどけなく頬を膨らませてすねてはみたが、案外従順すなおに、連れられるまま祖母の室に赴いた。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
もし私が初恋の経験を問はれたなら、私は彼女に対する其の時の邪気あどけない心持を語るであらう。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
ルーベンスの名画から抜け出して来たようなたのしげな邪気あどけないその顔は、どんなに人をひきつけたことでしょう、大勢の画家たちが我勝ちにとえがいたのも尤もなことでした。
新橋へ、人を見送りに行つたと云ふ以上、二時間もすれば帰つて来るべき筈の夫を、夕餉の支度を了へて、ボンヤリと待ちあぐんでゐる妻の邪気あどけない面影が、暫らく彼の頭を支配した。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
あの邪気あどけない、おさへても制へきれないやうな笑声は、と聞くと、省吾は最早もう遊びに来て居るものと見える。時々若い女の声も混つた——あゝ、お志保だ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
邪気あどけない単純な性格らしく思われるが、ときどき顔の向けようによって、積極的な意志と細心な思慮を隠しているとしか思われない、深い陰影が作られるのだった。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
豊吉も藤野さんも出来なくて、私だけ手を挙げた時は、邪気あどけない羨望の波が寄つた。若しかして、豊吉も藤野さんも手を挙げて、私だけ出来ない事があると、気の毒相な眼眸まなざしをする。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
新橋へ、人を見送りに行ったと云う以上、二時間もすれば帰って来るべきはずの夫を、夕餉ゆうげの支度をえて、ボンヤリと待ちあぐんでいる妻の邪気あどけない面影が、しばらく彼の頭を支配した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
少女は邪気あどけなく眼をみは
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
じつと其の邪気あどけない顔付を眺めた時は、あのお志保の涙にれたすゞしいひとみを思出さずに居られなかつたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
まことに、そのような邪気あどけなさは、里俗に云う、「禿かむろぜに」「役者子供」などに当るのであろう。けれども、また工阪杉江にとると、それが一入ひとしおいとし気に見えるのだった。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
邪気あどけなく言ひ乍ら、袴も脱がずに坐る。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
うして邪気あどけない生徒等と一緒に、かよれた道路を歩くといふのも、最早今日限りであるかと考へると、目に触れるものはすべて丑松の心にかな可懐なつかしい感想かんじを起させる。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
石町こくちょうで、大光斎といわれる大店おおだなの人形師、その家つき娘の、末起の母親おゆうはそりゃ美しかった。色白で、細面ですらりとした瘠せ形で、どこかに、人の母となっても邪気あどけなさが漂っていた。
方子と末起 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)