輻輳ふくそう)” の例文
信長の言質げんちと、圧切へしきりの一刀を持って、官兵衛はひとまず城を退がった。城内城下はこの日も来往の諸大将とその兵馬で輻輳ふくそうしていた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
話はとりとめもなく混乱するが、生憎と私の筆を一層まごつかせるためのやうに、脈絡のない二三の出来事が数日のうちに輻輳ふくそうして起つた。
狼園 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「ところへもって来て僕の未来の細君が風邪かぜを引いたんだね。ちょうど婆さんの御誂おあつらえ通りに事件が輻輳ふくそうしたからたまらない」
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかしどうにもできない馬車の輻輳ふくそうのために、間を隔てられた。その生きた障壁の向こう側でいらついてる彼女の姿が、なおちょっと見えた。
これら両岸の運河にはさまざまな運送船が輻輳ふくそうしているので、市中川筋の眺望の中では、最も活気を帯び、また最も変化に富んだものであろう。
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
報告は俄然、輻輳ふくそうして来たのだった。司令官と幕僚とは、年若い参謀が指し示す刻々の敵機の位置に、視線を集中した。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
法廷は事件が非常に輻輳ふくそうしていたので、裁判長はその一日のうちに簡単な短い二つの事件を選んだのだった。
この時において御朱印船ごしゅいんせんなる貿易特許を得たるもの、西南洋に輻輳ふくそうするのみならず、到る所日本の植民なきはあらざりしは、今日においても、なお髣髴ほうふつとして
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
台湾はいろいろな面において東亜各地の要素が輻輳ふくそうしているところだときいていますが、将来東亜の造形文化の発展のうえにおいて一の基地とならねばならない。
台湾の民芸について (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
事情は輻輳ふくそうしているから、全体としての文学的プログラム並にその中にあって自分のプログラム(相互的な関係での)というようなものが必要であり、特にこのことは
私はまだいいたいことは輻輳ふくそうしていて、指定された紙数は後三枚しか残っていないから、同人雑誌『愛の本』においおい書くことにして箇条書きのように簡単に書き列ねておく。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
当時御物城の下に支那及び南洋の船の輻輳ふくそうしていたことはあのオモロを見てもわかる。
浦添考 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
春の七種ななくさを書けと言う、ハイかしこまりましたとは請合うたものの時間さえあれば如何様にも書けぬ事はないが、実白状しますと頃日どう言う訳か用事輻輳ふくそう、一つ済めばぐ次の一つ
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
昼間頭をたたかれて夜首をしめられた。その前に照彦様とのいきさつがあったから、この日は妙に事件が輻輳ふくそうしたのである。家へ帰ったのはその次の土曜日だったから、ことに感慨が深かった。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
季節々々には船が輻輳ふくそうするので、遠い向う岸の松山に待っていて、こっちから竹屋! と大声でよぶと、おうと答えて、お茶などを用意してギッシギッシいで来る情景は、今も髣髴ほうふつおもい出される。
亡び行く江戸趣味 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
馬車は抜け出せないほど輻輳ふくそうしてきた。一頭の馬が滑って横に倒れた。御者はそれを立たせようとやたらにむち打った。
とはいえ去燕雁来きょえんがんらいの季節である。洛内の旅舎は忙しい。諸州から秋の新穀しんこく鮮菜せんさい美果びかなどおびただしく市にはいってくるし、貢来こうらいの絹布や肥馬も輻輳ふくそうして賑わしい。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その頃は純粋の旅亭と申すは自分宅の外僅かに他に一軒あるのみにて、外船到来後は衆客輻輳ふくそう致し候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
夕陽ゆうひは荷舟やほばしら輻輳ふくそうしている越前堀からずっと遠くのほうをば、まぶしくけむりのように曇らしている。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
所在の明智衆が近郡からそれぞれ分に応じた人数と家の子をともなって集合しているため、城下は兵と馬に埋められ、辻々には輜重しちょうの車馬が輻輳ふくそうして道も通れぬほどである。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はては古くからの預金者と喧嘩けんかまでした。そのために悪評は一般の信ずるところとなってしまった。預金返還の要求が輻輳ふくそうしてきた。彼はその要求に追いつめられてまったく途方にくれた。