軽井沢かるいざわ)” の例文
旧字:輕井澤
「ええ、お出迎えにこれまでまいりましたのは、丹那たんな田代たしろ軽井沢かるいざわはた神益かみます浮橋うきばし長崎ながさき、七ヶ村の者十一名にござりまする」
丹那山の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
軽井沢かるいざわ一帯を一メートル以上の厚さにおおっているあの豌豆大えんどうだいの軽石の粒も普通の記録ではやはり降灰の一種と呼ばれるであろう。
小爆発二件 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
やがて彼は塩尻しおじり下諏訪しもすわから追分おいわけ軽井沢かるいざわへと取り、遠く郷里の方まで続いて行っている同じ街道を踏んで碓氷峠うすいとうげを下った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
普通の中仙道は松井田から坂本さかもと軽井沢かるいざわ沓掛くつかけ宿々しゅくじゅくを経て追分おいわけにかかるのが順路ですが、そのあいだには横川よこかわの番所があり、碓氷うすいの関所があるので
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
今更指を折って数えて見るまでもなく、鶴子は五年前、年齢としは二十三の秋、前の夫が陸軍大学を出て西洋へ留学中、軽井沢かるいざわのホテルで清岡進と道ならぬ恋に陥ったのである。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「今晩は、お雛さまも御洋食ですの。わざと、洋食にいたしましたのよ、自慢の料理人でございます。軽井沢かるいざわへゆきますのに連れてゆくために、特別に雇ってある人ですの。」
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
段々日数ひかずを経てまいりましたが、元より貯え金は所持している事で、ようやく碓氷を越して軽井沢かるいざわと申す宿しゅくへまいり、中島屋なかじまやという宿屋へ宿やどを取りましたは、十一月の五日でござります。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
健ちゃん、一遍軽井沢かるいざわで蕎麦を食って御覧なさい、だまされたと思って。汽車のとまってるうちに、降りて食うんです、プラットフォームの上へ立ってね。さすが本場だけあってうもうがすぜ
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
つまりは山越えのみちを、牛馬の通るようにたいらにすることは、ひじょうに金のかかる仕事だったからである。多くの昔からある峠路とうげみちのふもとには、軽井沢かるいざわという地名がまだ残っている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
軽井沢かるいざわに避暑中のアメリカ富豪エドワアド・バアクレエ氏の夫人はペルシア産の猫を寵愛ちょうあいしている。すると最近同氏の別荘へ七尺余りの大蛇だいじゃが現れ、ヴェランダにいる猫を呑もうとした。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
追分の宿はもとより、軽井沢かるいざわ沓掛くつかけから岩村田へかけて、軍用金を献じた地方の有志は皆、付近の藩からのきびしい詰問を受けるようになった。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
日本へ来ている西洋人が夏は好んで浴衣ゆかたを着たり、ワイシャツ一つで軽井沢かるいざわの町を歩いたりすることだけを考えても
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかるに此の喜六がくなった跡は、親戚みよりばかりで、別に恩をせた人ではないから、気詰りで中の条にもられませんので、忠平と相談して中の条を出立し、追分おいわけ沓掛くつがけ軽井沢かるいざわ碓氷うすいの峠もようやく越して
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
追分おいわけ軽井沢かるいざわあたりは長脇差の本場に近いところから、ことに騒がしい。それにしても、村民各自に自警団を組織するほどのぎょうぎょうしいことはまだ木曾地方にはない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうして再びエンジンの爆音を立てて威勢よく軽井沢かるいざわのほうへ走り去ったのであった。
あひると猿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
信州しんしゅう軽井沢かるいざわせんたきグリーンホテルの三階の食堂で朝食を食って、それからあの見晴らしのいい露台に出てゆっくり休息するつもりで煙草たばこに点火したとたんに、なんだかけたたましい爆音が聞こえた。
小爆発二件 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)