貧窶ひんる)” の例文
そして単に薬餌やくじを給するのみでなく、夏は蚊幮かやおくり、冬は布団ふとんおくった。また三両から五両までの金を、貧窶ひんるの度に従って与えたこともある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
遮莫さもあらばあれ我徒は病弱を救ひ、貧窶ひんるを恵むことを任にしたい」と勇ましい信念を披露ひろうしてゐる。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
もとより貧窶ひんるれたる身なり、そのかつて得んと望める相愛の情を得てよりは、むしろ心の富を覚えつつ、あわれ世に時めける権門けんもんの令夫人よ、御身おんみが偽善的儀式の愛にあざむかれて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
錦を故郷に飾つたためしはいくらも眼の前にころがつて居るから、志を故郷に得ぬものや、貧窶ひんるきやう沈淪ちんりんしてうにもうにもならぬ者や、自暴自棄に陥つた者や、乃至ないしは青雲の志の烈しいものなどは
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
渋江保さんは当時の貞白の貧窶ひんるを聞知してゐる。貞白は嘗て人に謂つた。「己の内では子供が鰊鮞かずのこを漬けた跡の醤油を飯に掛けて、饅飯だと云つて食つてゐる」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
妾らここに見るあり曩日さきに女子工芸学校を創立して妙齢の女子を貧窶ひんるうちに救い、これにさずくるに生計の方法を以てし、つねさんを得て恒の心あらしめ、小にしては一身いっしんはかりごとをなし
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
香亭かうてい雅談に拠るに、冬嶺は山本北山の門人で、奚疑塾けいぎじゆくにあつた頃は貧窶ひんる甚しかつた。その始て幕府に仕へたのは嘉永中の事で、此より弟子大に進み、病客も亦蝟集ゐしふしたさうである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
もし妾にして富豪の家に生れ窮苦きゅうくの何物たるを知らざらしめば、十九つづ二十歳はたちの身の、如何いかでかかる細事さいじに心留むべきぞ、幸いにして貧窶ひんるうち成長ひととなり、なお遊学中独立の覚悟を定め居たればこそ
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)