行火あんくわ)” の例文
行火あんくわで温めてあつたしとねの中に逸早く圭一郎を這入らしてから千登世は古新聞を枕元に敷き、いそ/\とその上に貧しい晩餐を運んだ。二人は箸を執つた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
「お前が吸ふ氣でなきや、煙草入が二つるものか、——行火あんくわ温石をんじやくを持つて來ないのがまだしも見つけものだ」
……うか、とうもかへつておそろしくさむかつたので、いきなりちや六疊ろくでふはひつて、祖母そぼ行火あんくわすそはひつて、しりまでもぐると、祖母おばあさんが、むく/\ときて
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
却つて病死した息子なぞから介抱を受けるのを楽しんで居る様子だつた。この女には何処か冷たい所があつたせゐか、暖かい気分を持つた人を、行火あんくわでも親しむやうに親しむらしく見えた。
お末の死 (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
行火あんくわあたるならいつでもとこなかれていてはらないぞえ、さんは臺所だいどころのもとをこゝろづけて、旦那だんなのおまくらもとへはいつもとほりおわかしにお烟草盆たばこぼんわすれぬやうにして御不自由ごふじいうさせますな
うらむらさき (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
頬が行火あんくわのやうに熱くほてつてゐました。たゞでさへ赤い頬が、それこそ林檎のやうに見事にふくれて、鏡で見た時自分ながら思はずフツと笑ひ出すところでしたが、笑ふどころではありません。
美智子と歯痛 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
二日程前から病にかゝつて、老人はその腰の曲つた姿を家の外にあらはさなかつたが、其三日目の晩に、あまり家の中がしんとして居ると言ふので、隣の者が行つて見ると、老人としより行火あんくわり懸つたまゝ
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
「そこは寒いからこつちへ來て行火あんくわにでもあたんなすつたら……」
(旧字旧仮名) / 林芙美子(著)
「打つ飮む、兩刀遣ひだから、ろくな行火あんくわもありやしません。飛んだくたびれまうけで」
ガラツ八の八五郎はまたんな途方もないことを持込んで來たのです。梅の花はもうこずゑに黄色くなつてゐるのに、今年の二月は妙に薄寒くて、その日も行火あんくわの欲しいやうな曇つた日でした。