薫々くんくん)” の例文
野にあっては、さほどでもない菊も、ここに置かれると、はからずも薫々くんくんと香のたかいことが知れる。——秀吉はひそかにこう察した。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これを短く切って炉にべてみると、炎はやわらかいし眼には美しいし、また、まぶたにしみるけぶりもなく、薫々くんくんとよい香りさえする。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夏に近い太陽は、彼女の頬を果物くだもののようにつやつやとみがきたてている。薫々くんくんとふく若葉の風は肺の中まで青くなるほどにおう。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは何かというと、装束の肌着や錣頭巾しころずきんの裡に、き秘めている香のにおいの、誰の姿にも薫々くんくんと漂う死後のたしなみであった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、両列の間には、大香炉おおこうろ薫々くんくんと惜しみなくこうかれ、正面に神明を祭り、男と男との義の誓いがここにわされる。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こよいも彼は食後ひとり後苑へ出て疎梅そばいのうえの宵月を見出していた。薫々くんくんたる微風が梅樹の林をしのんでくる。——彼の歩みはふと止まった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むしろ自己の光栄と存在を、全土の民衆のうえに薫々くんくんと行き渡らせたいための盛事だったというほうが適切であった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
従者もつれず、駒も持たず、宗清は小松谷こまつだにから歩いて来た。夕月が白かった。薫々くんくんと袖や面に匂う風がある。月明りより白い道ばたの梅の花だった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薫々くんくんと匂う糸は香炉こうろのけむりか。二本の赤い絵蝋燭えろうそくの灯があかあかと白髯はくぜんの横顔、頬のクボを描いている。李逵はあさはかにも思い込んだものだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
越前三十七門の本城はいま最期の炎をあげたが、そのなかに一輪、名もない越路の花だけが薫々くんくんたる気を吐いた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と大書して、猛火と乱軍の中に奮戦し、生来の病骨も、その終りを、義に孝に、薫々くんくんたるものとして果てた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あけの柱に彫られてある龍鳳りゅうほうもともにうそぶくかとあやしまれ、やがてたますだれのうちに、薫々くんくんたる神気がうごいて
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仁斎は、床の一じくを見て云った。へいには黄菊がけてある。墨の香と菊の香とが、薫々くんくんと和していた。
酒泉を汲みあう客たちの瑠璃杯るりはいに、薫々くんくん夜虹やこうは堂中の歓語笑声をつらぬいて、座上はようやく杯盤狼藉はいばんろうぜきとなり、楽人楽器を擁してあらわれ、騒客そうかく杯を挙げて歌舞し
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとえていえば眉に江山の秀をあつめ、胸に天地の機を蔵し、ものいえば、風ゆらぎ、袖を払えば、薫々くんくん、花のうごくか、嫋々じょうじょう竹そよぐか、と疑われるばかりだった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蒲生がもう氏郷は座中第一の若年ではあるが家柄のゆかしさ天性の気稟きひん、どこか薫々くんくんたるものがある。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
微風の折々に、薫々くんくんとなにがなし匂う。野梅であった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薫々くんくんと、えならぬ香気を放ッている。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)