“蒲生”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
がもう88.0%
がまふ4.0%
かまふ4.0%
かもう4.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
信長は、茶磨山ちゃうすやまの小高い所に立ちながら、戦況を見まもっていたが、やがてうしろの旗本衆を顧みて、蒲生がもうちゅうろう氏郷うじさとを呼びたてた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
思案橋を渡つて、瓦町かはらまちを西へ進む坂本の跡には、本多、蒲生がまふの外、同心山崎弥四郎、糟谷助蔵かすやすけざう等が切れ/″\に続いた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
蒲生かまふ稻寸いなぎ三枝部さきくさべの造等が祖なり。
凡川内おおしこうちの國の造・額田ぬかた部の湯坐ゆえの連・木の國の造・やまとの田中のあたえ山代やましろの國の造・ウマクタの國の造・道ノシリキベの國の造・スハの國の造・倭のアムチの造・高市たけちの縣主・蒲生かもう稻寸いなき三枝部さきくさべの造たちの祖先です。