荏苒じんぜん)” の例文
「なにを申す、黄忠いま対山の頂にあり、日々わが陣の虚実をうかがう。荏苒じんぜんこれを打ち破らざれば、わが軍の頽勢たいせいを如何せん」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これ以上荏苒じんぜん日をむなしうすることはできないから、このうえは官庁側においてもいま一歩積極的に出て、業者とともに悩み、ともにはかり
私はとうに視察するつもりであったが、政府部内に私の視察に反対する者があるので思うにまかせず、荏苒じんぜん今日に到った。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
由来弘前藩には悪習慣がある。それは事あるごとに、藩論が在府党と在国党とにわかれて、荏苒じんぜん決せざることである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この冀望たる、余が年来の志望にして、つねに用意せし所なりといえども、その事の大にしてかたきや、未だこれを全うするの歩を始むるを得ず、荏苒じんぜん今日に至れり。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
帰朝以来、はじめ予は彼女を見るのおのれの為に忍びず、後は彼女を見るの彼女の為に忍びずして、遂に荏苒じんぜん今日に及べり。明子の明眸めいぼう、猶六年以前の如くなる可きや否や。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
あたら非凡な構想を胸に抱きながら、荏苒じんぜんとして日を送り、怏々おうおうとして楽しまなかったのであるが、遂に一日あるきっかけから、日頃の鬱憤うっぷんを晴らすことが出来たのである。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
そのくせ彼の性質として、兄夫婦のごとく、荏苒じんぜんの境に落ちついてはいられなかったのである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
忙裏荏苒じんぜん今日に至り、いまだ一回もその結果を世間に報告せざりしをもって、四方より妖怪事実を寄送せられたる諸氏は、これを督責してやまず。余、実に赧然たんぜんたらざるを得ず。
妖怪学講義:02 緒言 (新字新仮名) / 井上円了(著)
しかも最早一日も荏苒じんぜんしていられない土壇場に押しつめられたような時代であった。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
『唐代叢書』五冊に収めた『開元天宝遺事』に、〈楊国忠ようこくちゅう出でて江浙に使し、その妻思念至って深し、荏苒じんぜん疾くなり、たちまち昼夢国忠と○、因って孕むあり、後に男を生みと名づく
しばしば国境監視隊員の間に発砲流血の惨事を惹起じゃっきしつつ、荏苒じんぜん今日に至ったものであったが、一九三四年突然コンゴー総督府側よりの強硬なる提議があって、葡領アンゴラ側またこれに応じ
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
何らなすことなく荏苒じんぜんと日を送り、島民に対しては不満を植えつけ、築港工事の怠業を煽動し、さらに、レナ三角洲の運河開鑿かいさく工事を妨害するなど、広汎な反革命陰謀を遂行したのであります。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
もとより彼は諾いて、生憎その日は夜になると猛烈な豪雨になつたけれども、荏苒じんぜん時を空費するほど此の際危険なことはないから、十時すぎ、全病院の熟睡を待つて、自分等は豪雨の中へ走りでた。
盗まれた手紙の話 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
このまま荏苒じんぜん、時を過ごしていたなら、王妃は死んでしまいます。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
五百の眼病が荏苒じんぜんとしてせぬので、矢島周禎の外に安藤某をいて療せしめ、数月すうげつにして治することを得た。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
其癖そのくせかれ性質せいしつとして、兄夫婦あにふうふごとく、荏苒じんぜんさかひ落付おちついてはゐられなかつたのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
しかし総代たちは、洪水の余毒のなかに妻子を残して上京しているのだから、荏苒じんぜんと日を送っていることは許されなかった。家族から手紙で飢餓を訴えられている者さえ少くなかった。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
其一は榛軒の妹長の病で、榛軒は「治療を清川に託せよ」と云つてゐる。長が荏苒じんぜんとしてえなかつたことと、榛軒が清川玄道の技倆に信頼してゐたこととが知られる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)