羞恥はじ)” の例文
外で揉み合っていた連中は一時に小屋の中へ雪崩なだれこんだ。お芳も逃げるに逃げられないで無慙むざん羞恥はじを大勢のうしろに隠していた。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無垢むくな心で直樹や娘達の遊んでいる方を、楽しそうに眺めた。彼は、自分の羞恥はじ悲哀かなしみとを忘れようとしていた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かれは飲み干して自分の顔を見たが、野卑な喜びの色がその満面に動いたと思うとたちまち羞恥はじの影がさっとして、視線を転じてまた自分を見て、また転じた。
まぼろし (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
女とよりはむしろ男らしかりしことのあかしにもならんかとて、えて身の羞恥はじをば打ち明くるなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ベルナアルさんは、羞恥はじの色で顔を染めながら
葡萄蔓の束 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
朱実と並びあって橋のらんひじせていた武蔵は、朱実が懸命になって向けるささやきへ、いちいち微かにうなずいてはいるけれど、彼女が女の羞恥はじもすてて
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
過ぎし日のはかなさ味気なさをつくづく思い知るように成ったのも、実にあの繁子からであった。忘れようとして忘れることの出来ない羞恥はじ苦痛くるしみ疑惑うたがい悲哀かなしみとは青年男女の交際から起って来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この不安の内には恐怖おそれ羞恥はじこもっていた。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
貂蝉は、客のほうへ、わずかに眼を向けて、しとやかにあいさつした。雲鬢うんぴん重たげに、呂布の眼を羞恥はじらいながら、王允の蔭へ、隠れてしまいたそうにすり寄っている。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
岸本はそれぞれ別の意味で羞恥はじこもった感謝の盃をむくいた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
母親に叱られてばかりいるつつましい娘は、端目はためには、その羞恥はじらいが、なおさら美しく見えた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まさに死なんとするやだ。まさに死なんとしているこの武蔵だ。お通さん、わしの今いう言葉には微塵みじん、嘘もてらいもないことを信じてくれ。——羞恥はじ見得みえもなくわしはいう。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
茶筅ちゃせんのかろいはやおとが、寧子の指さきからササササと掻き立てられている。——が、なぜなのか、又右衛門のことばと共に、彼女の顔には、さっと紅い羞恥はじらいがさして見えた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
答えにつまって、そして羞恥はじらってでもいるような気配がおぼろ勾欄こうらんのあたりでしていた。その間には、細殿のが垂れている。義貞はもどかしくなり、われから立って、簾を押しはらった。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その証拠には今、茶々は? と、ぎごちなく訊ねたとたんに、主人は、家臣にたいする主人顔もくずして、何ともつかぬごま化し顔に、羞恥はじらいみたいな色をふくみ、ひどくテレておすではないか。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)