みど)” の例文
六畳の座敷はみどり濃き植込にへだてられて、往来に鳴る車の響さえかすかである。寂寞せきばくたる浮世のうちに、ただ二人のみ、生きている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どの家にも必ず付いている物干台ものほしだいが、ちいさな菓子折でも並べたように見え、干してある赤いきれや並べた鉢物のみどりが、光線のやわらかな薄曇の昼過ぎなどには
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
小さな庭だったけれど、福子の丹誠たんせいで草花のみどりの芽も、もう出ていた。
万年青 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
後ろを振り向くと、下からみどりのしたたる束髪そくはつ脳巓のうてんが見える。コスメチックで奇麗きれいな一直線を七分三分の割合にり出した頭蓋骨ずがいこつが見える。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
身のたけに余る粗朶そだの大束を、みどる濃き髪の上におさえ付けて、手もけずにいただきながら、宗近君の横をり抜ける。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夢を携えたる人は、落すまじと、ひしと燃ゆるものをきしめて行く。車は無二無三に走る。野にはみどりをき、山には雲を衝き、星あるほどの夜には星を衝いて走る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
みどりの枝を通す夕日を背に、暮れんとする晩春の蒼黒く巌頭をいろどる中に、楚然そぜんとして織り出されたる女の顔は、——花下かかに余を驚かし、まぼろしに余を驚ろかし、振袖ふりそでに余を驚かし
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)