相擁あいよう)” の例文
二人が相擁あいようして死を語った以後二十年、実に何の意義も無いではないか。苦しむのが人生であるとは、どんな哲学宗教にもいうてはなかろう。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
その翌朝早く、湖水を横ぎった一つの小舟の船頭は、水上に相擁あいようして漂っている二人を見つけた。そして、静かな湖上に時ならぬ騒ぎが起った。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そうして二人は、相擁あいようして泣くのである。そうしてその狂言では、このへんが一ばん手に汗を握らせる、戦慄と興奮の場面になっているのである。
酒の追憶 (新字新仮名) / 太宰治(著)
右の鱗片が相擁あいようしてかたまり、球をなしているその球の下に叢生そうせいして鬚状ひげじょうをなしているものが、ユリの本当の根である。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
したたる芭蕉ばしょうの葉かげに、若い男女が二人、相擁あいようしあって、愛をささやいているのです。それだけをみて、ぼくはくるりと引っ返し、競争を廃棄はいきしました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
諸葛瑾も共にまぶたをうるませて、骨肉相擁あいようしたまま、しばしは言葉もなかったが、やがて心をとり直して云った。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あかしてやったかと思えば胸がすくようでござります佐助もう何も云やんなと盲人の師弟相擁あいようして泣いた
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
涙にくれて相擁あいようしながらも、再び弟子でしがかかるたくらみを抱くようなことがあってははなはだ危いと思った飛衛は、紀昌に新たな目標をあたえてその気を転ずるにしくはないと考えた。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
想界に一瀾いちらんを点ずれば、千瀾追うて至る。瀾々らんらん相擁あいようして思索のくにに、吾を忘るるとき、懊悩おうのうこうべを上げて、この眼にはたりとえば、あっ、ったなと思う。ある時はおやいたかと驚ろく事さえある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし縫之助秀正がいま見たものは、昨日までは至尊しそんと仰がれた君と三人の妃が、わずかにし入る日光の下に相擁あいようして八寒の獄をいたわりうている姿だった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふたりはののしりあいながら、しかも互いに男の力でひしと相擁あいようしていていた。そのまま慟哭どうこくしていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なかには刺しちがえて相擁あいようすかのごとき形でことぎれているのもあり、悽惨、目もくらむばかりだが、しかしその一個一個は、自己を国にささげてくやまぬ犠牲のいわのような死に徹している死顔を持ち
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)