田之助たのすけ)” の例文
ことに宗十郎の実弟には、評判の高い田之助たのすけがあったし、有明楼は文人画伯の多く出入でいりした家でもあったので、お菊はかなりな人気ものであった。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ヘボン先生といえば、何人なんぴともすぐに名優田之助たのすけの足を聯想し、岸田の精錡水せいきすいを聯想し、和英字書を聯想するが、私もこの字書に就ては一種の思い出がある。
一日一筆 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
手をなやし、足を折り、あの、昔田之助たのすけとかいうもののように胴中どうなかと顔ばかりにしたいのかの、それともその上、口も利かせず、死んだも同様にという事かいの。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
抽斎より長ずること三年であった。四世宗十郎の子、脱疽だっそのために脚をった三世田之助たのすけの父である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
父には晩酌ばんしゃく囲碁のお相手、私には其頃出来た鉄道馬車の絵なぞをかき、母には又、海老蔵えびぞう田之助たのすけの話をして、更渡ふけわたるまでの長尻ながしりに下女を泣かした父が役所の下役
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
すると姉達はこの縮緬ちりめんの模様のある着物の上にはかま穿いた男のあといて、田之助たのすけとか訥升とっしょうとかいう贔屓ひいきの役者の部屋へ行って、扇子せんすなどをいて貰って帰ってくる。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこに、くさ草紙ぞうしの世界が現われ綿絵の姿が髣髴ほうふつとした。田之助たのすけが動き、秀佳しゅうかが語る——
乳母うばに抱かれ、久松座ひさまつざ新富座しんとみざ千歳座ちとせざなぞの桟敷さじきで、鰻飯うなぎめし重詰じゅうづめを物珍しく食べた事、冬の日の置炬燵おきごたつで、母が買集めた彦三ひこさ田之助たのすけ錦絵にしきえを繰り広げ、過ぎ去った時代の芸術談を聞いた事。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
劇壇において芝翫しかん彦三郎ひこさぶろう田之助たのすけの名を挙げ得ると共に文学には黙阿弥もくあみ魯文ろぶん柳北りゅうほくの如き才人が現れ、画界には暁斎ぎょうさい芳年よしとしの名がとどろき渡った。境川さかいがわ陣幕じんまくの如き相撲すもうはそのには一人もない。
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)