猪牙ちよき)” の例文
印南は嘗て蘭軒に猪牙ちよき舟のたいを求められて、たゞちに蛇目傘と答へたと蘭軒雑記に見えてゐるから、必ずや詩をも善くしたことであらう。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
小さな猪牙ちよき船に行燈あんどんをのせたうろうろ船が、こゝぞとばかり釘付けになり合つた見物人の船々の間を敏捷に漕ぎ廻つて、あきなひする。
花火の夢 (新字旧仮名) / 木村荘八(著)
小舟が兩國橋に近づくと、橋の上の夜の人通りもあり、それに吉原へ急ぐおたな者などが、猪牙ちよきを急がせて、引つきりなしに水の上を通るのです。
浮いた調子は猪牙ちよき船に乗つた心持がある。それでも何処どこか落ち付いてゐる。剣呑でない。にがつた所、しぶつた所、毒々しい所は無論ない。三四郎は原口さんらしい画だと思つた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その妻は見るもいとはしき夫のそばに在る苦を片時も軽くせんとて、彼のしげ外出そとで見赦みゆるして、十度とたび一度ひとたびも色をさざるを風引かぜひかぬやうに召しませ猪牙ちよきとやらの難有ありがたき賢女の志ともいただき喜びて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
地維ちいかくるかと思はるゝ笑ひ聲のどよめき、中之町の通りは俄かに方角の替りしやうに思はれて、角町すみちやう京町きやうまち處々のはね橋より、さつさ押せ/\と猪牙ちよきがゝつた言葉に人波を分くる群もあり
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
向う河岸を山谷堀に通ふ猪牙ちよきの音の繼續したのも暫し、やがて向島の土手は太古たいこのやうな靜寂せいじやくに更けて行きます。
天柱くだけ地維ちいかくるかと思はるる笑ひ声のどよめき、中之町なかのてうの通りはにわかに方角の替りしやうに思はれて、角町すみてう京町きようまち処々ところところのはね橋より、さつさ押せ押せと猪牙ちよきがかつた言葉に人波を分くる群もあり
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
亥刻よつ過ぎになると、水の面もさすがに宵の賑はひはありませんが、それでも絃歌げんかの響や猪牙ちよきがせる水音が、人の氣をそゝるやうに斷續して聽えるのでした。
天柱てんちうくだけ地維ちいかくるかとおもはるゝわらこゑのどよめき、中之町なかのちやうとほりはにわか方角ほうがくかはりしやうにおもはれて、角町すみちやう京町きやうまち處々ところ/″\のはねばしより、さつさせ/\と猪牙ちよきがゝつた言葉ことば人波ひとなみくるむれもあり
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
一度あることは二度あると見て、手代の源七に頼んで置いたのだ。三圍みめぐりから柳橋までかねて用意した猪牙ちよきで漕がせ、柳原から一氣に驅けて來ると、俺の家まで四半刻(三十分)で來られるよ。今度は曲者を