そぞ)” の例文
さびしい一室ひとまに、ひとり革鞄かばんにらめくらをした沢は、しきり音訪おとなふ、さっ……颯と云ふ秋風あきかぜそぞ可懐なつかしさに、窓をける、とひややかな峰がひたいを圧した。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ポロ/\こぼしたところから察すると、多少そんな傾向があったのかも知れない。我輩も元来木石ぼくせきじゃない。そぞろに哀れを催して、或日曜に墓詣りをする積りで出掛けた
小問題大問題 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼の貧きは万々人の富めるにまされり。君子なる吾友わがともよ。さしも潔き志をいだける者にして、その酬らるる薄倖はつこうの彼の如くはなはだしく酷なるを念ひて、貫一はそぞろ涙の沸く目を閉ぢたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
所々に枯木や茅舎を点綴した冬の大原野は、そぞろにまだ見ぬ露西亜の曠野を偲ばしめる。
雪中行:小樽より釧路まで (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
重蔵もそぞろに三十年ぜんの夢を辿って、谷川のながれに映る自己おのれの白髪頭を撫でた。それに付けてもお杉はうしたろう。生きては俺を恨んでいるだろう、死んでは俺を呪っているだろう。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ドリアンは公園の中をそぞろ歩くにしても、ピカデリイを散歩するにしても、行き交う人々の顔をいちいち、彼等が一体どんな生活を営んでいるものかと怪しみながら、狂いじみた好奇心でながめた。
「紀之国屋!」とあてもなくそぞろに気の冴えた高調子。酔ったと見えて、ふらふらして仮色使こわいろづかい背後うしろに立って
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
社長秘書として叱られるのが半商売の僕も、普段の恨みは別として、そぞろに哀れを催した。
人生正会員 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そぞろ人に染むばかりなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
処を、年効としがいもない、そっと……様子が見たいそぞろ心で、我慢がならず企てました。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)