湿地しっち)” の例文
旧字:濕地
裏の林の中によしえた湿地しっちがあって、もといけであった水の名残りが黒くびて光っている。六月の末には、剖葦よしきりがどこからともなくそこへ来て鳴いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
(月雲にかくる)あゝ信頼のぶよりの怨霊よ。成親なりちかの怨霊よ。わしにつけ。わしにつけ。地獄じごくに住む悪鬼あっきよ。陰府よみに住む羅刹らせつよ。湿地しっちに住むありとあらゆる妖魔ようまよ。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
と、使番の復命を、森武蔵守がうけとったのは、すでに彼の隊が、狭隘きょうあいな山あいの湿地しっちをふんで、岐阜ぎふたけの上へ、陣場を求めようとして登りかけていた時だった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
東引佐で荒神風呂こうじんぶろの小池さんといえば皆知っている。早川君のところのような金持ではないが、旧家として名高い。屋敷続きに池ともつかず田ともつかない湿地しっちがある。
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そこで今度は第三の門に来ましたが、ここはじゅくじゅくの湿地しっちですから、うっかりすると足が滅入めいりこみます。所々の草むらは綿の木の白い花でかざった壁のようにも思われます。
土神のんでいる所は小さな競馬場ぐらいある、冷たい湿地しっちこけやからくさやみじかいあしなどが生えていましたがまた所々にはあざみやせいの低いひどくねじれたやなぎなどもありました。
土神ときつね (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
カキツバタは水辺、ならびに湿地しっち宿根草しゅっこんそうで、この属中一番鮮美せんびな紫花を開くものである。葉は叢生そうせいし、鮮緑色せんりょくしょくはば広く、扇形せんけい排列はいれつしている。初夏しょかこう葉中ようちゅうからくきいて茎梢けいしょうに花をける。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
ああ、薄命なあの恋人たちはこんな気味のわるい湿地しっちの街に住んでいたのか。見れば物語の挿絵さしえに似た竹垣の家もある。垣根の竹は枯れきってその根元は虫に喰われて押せば倒れそうに思われる。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わしはすべての陰気なものを生み出すようなほこらの陰の湿地しっちにぐじゃぐじゃになって、むらがりはえた一種異様な不気味ぶきみな色と形をした無数のきのこを見つけました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
丘のうしろは、小さな湿地しっちになっていました。そこではまっくろなどろが、あたたかに春の湯気を吐き、そのあちこちには青じろい水ばしょう、ベゴの舌の花が、ぼんやりならんで咲いていました。
張清は一河川かせんの岸に追いつめられ、突如、河中の船からおどり上がった泊兵の水軍にどぎもを抜かれた。湿地しっちを脱するだけでもやっとだった。しかし、奮然このときに最期のはらを決めたのだろう。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)