“歸依(きえ)” の例文
新字:帰依
奇蹟なきに世キリストの教へに歸依(きえ)せば、是かへつて一の大いなる奇蹟にて、他の凡ての奇蹟はその百分(ぶ)一にも當らじ 一〇六—一〇八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
父親徳右衞門の歸依(きえ)して居た修驗者に、そんな名があつたやうだといふことです、お雪さんが足立屋に貰はれて來たのは、五年前のことですが
聞(きけ)ば上新田村無量庵の庵主(あんしゆ)とか申事尤(もつと)も水呑村より三里に近(ちか)き隣村(りんそん)なれども此九郎兵衞素(もと)より歸依(きえ)なければ御坊(ばう)の顏(かほ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
つまりラクダルに全然(すつかり)歸依(きえ)して了(しま)つたのである。大急(おほいそ)ぎで家(うち)に歸(か)へり、父に向(むか)つて最早(もう)學校(がくかう)には行(い)きたくない、何卒(どうか)怠惰屋(なまけや)にして呉(くれ)ろと嘆願(たんぐわん)に及(およ)んだ。
怠惰屋の弟子入り (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
福を惜むの工夫をも做さざるの人は、人の下として人に愛重さるべき人で無く、福を分つの工夫に乏しき人は人の上(かみ)として歸依(きえ)信頼さる可き人でない。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
『神の代理』として、僕は部分的な歸依(きえ)を受け容れることは出來ない、それは完全なものでなくつちやなりません。
猶太教徒若くは囘々(フイフイ)教徒數人(すにん)をして加特力(カトリコオ)教に歸依(きえ)せしめ、洗禮を行ふなり。羅馬年中行事に「シイ、アフ、イル、バツテシイモ、ヂイ、エブレイ、エ、ツルキイ」
潜(かつ)ぎ姫(ひめ)、『歸依(きえ)』の掬(く)むなる
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫、薄田淳介(著)
われ等は中央に小き石卓を据ゑたる圓堂を過(よぎ)りぬ。こゝは始て基督教に歸依(きえ)したる人々の、異教の民に逐はるゝごとに、ひそかに集りて神に仕へまつりしところなりとぞ。
けふよりぞ「愛」の惠(めぐみ)に歸依(きえ)すべき。
潛(かつ)ぎ姫、「歸依(きえ)」の掬むなる
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
歸依(きえ)の根(ね)を延(ひ)けばや下(した)に
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫、薄田淳介(著)
ありや、かの歸依(きえ)の和魂(にぎたま)
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
歸依(きえ)しも未だ足らじや
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
一は、『歸依(きえ)』に。
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫、薄田淳介(著)