抱妓かかえ)” の例文
どうやら抱妓かかえもおけるようになった時、東京中の盛り場で「旦那」とよぶのはあの人だけだといわれた遊び手の、若い大商人と縁を結んだ。
十一月末の夜はけていても、廓の居まわりはさすがにまだ宵の口のように明るくて、多勢の抱妓かかえを置いているうえに
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
風薬かざぐすりの手当も出来ないと見て取って、何はいて、蝶吉は一先ひとまず大坂家に帰って、後の年期も少いので、上借うわがりをして貢いだけれども、半日もままならぬ抱妓かかえの身。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御承知の通り、高尾と薄雲、これが昔から吉原の遊女の代表のように云われていますが、どちらも京町きょうまちの三浦屋の抱妓かかえで、その薄雲は玉という一匹の猫を飼っていました。
半七捕物帳:67 薄雲の碁盤 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いくら冷淡と薄情とを信条として多勢の抱妓かかえ采配さいはいっているこの家の女主人にしても物の入りわけはまた人一倍わかるはずだと思ったのであった。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
内のねえさんか、あらず、やといの婆さんか、あらず、お茶をいてる抱妓かかえか、あらず、猫か、あらず。あらず。あらず。湯島天神中坂下なかざかしたの松のすしせがれ源ちゃんである。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこの待合せは所がら芸妓やや料理店おちゃやの人が多く、藤木夫婦の望みと抱妓かかえをほしがっている小蒔屋との交渉が、おもいがけなく私の祖母から出来上ってしまったのだった。
それを聞いて、ほかの抱妓かかえや女中共もばたばた駈け出してくる。相手の外国人は『静かにしてください。』と、しきりになだめながら、女将にひき摺られて内へはいってくる。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「どうしたどころかい、近頃評判なもんだ。これで五丁町を踏鳴ふみならすんだぜ、お前も知ってるだろう、一昨年おとどし仁和加にわか狒々ひひ退治の武者修行をした大坂家の抱妓かかえな。」
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
敷居一つまたぐと次の間は妹の家作で、入口の方の家が姉娘の家作、どっちの道、角家の磨きあげた二階家つづきで、お麻さんの芸妓名うりなをついだ妹が主で、大勢の抱妓かかえがいた。
三人の鷹匠は光井金之助、倉島伊四郎、本多又作で、いずれもまだ二十一二の若い者であるので、丸屋の方でも心得ていて給仕としてお八重、お玉、お北という三人の抱妓かかえを出した。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「何だね、お前さん。」と、余所よそ抱妓かかえでも、そこはねえさん、他人に気兼で、たしなめる。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まだわかくって見番の札を引いたが、うち抱妓かかえで人に知られた、梅次というのに、何かもよおしのあった節、贔屓ひいきの贈った後幕うしろまくが、染返しの掻巻かいまきにもならないで、長持の底に残ったのを
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……抱妓かかえが五人とわけが二人、雛妓おしゃくが二人、それと台所とちびの同勢、蜀山しょくざんこつとして阿房宮、富士の霞に日の出のいきおい紅白粉べにおしろいが小溝にあふれて、羽目から友染がはみ出すばかり、芳町よしちょうぜん住居すまい
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若い妓はお千世と言う、それは稲葉家いなばや抱妓かかえである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)