微恙びよう)” の例文
さきごろ微恙びようだったという便りを手にしたせいかもしれない。正造は、隣家の屋根へきて啼く鴉のこえをききながら、硯の蓋をとった。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
彼は我が児以上に春琴の身を案じたまたま微恙びようで欠席する等のことがあれば直ちに使つかいを道修町に走らせあるいは自らつえいて見舞みまった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それもいっそぐっと寝就いてしまうほどの重患なればとやかくいう暇もないが看護婦雇うほどでもない微恙びようの折は医者の来診を
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「先帝にも、馴れぬお旅路のせいか、ちと、ご微恙びようでの。……今日にもここは立って、日女道ひめじ(姫路市)の府までは行き着きたいと思うたのだが」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
土用どようのうちの霖雨つゆのあめを、微恙びようの蚊帳のなかから眺め、泥濁どろにごつた渤海あたりを、帆船ジヤンクすなどつてゐる、曾て見た支那海しなのうみあたりの雨の洋中わだなかをおもひうかべる。
あるとき (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
「ただいまも、左平治とやらお召使にもうしたるごとく、母微恙びようのため、いささかお約束の時刻より遅参いたしましたるだん、ご容赦くださいますよう」
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
世の常ならば生面せいめんの客にさえ交わりを結びて、旅のさを慰めあうが航海の習いなるに、微恙びようにことよせてへやのうちにのみこもりて、同行の人々にも物言うことの少なきは
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
されども彼は今もなほ往々自ら為せる残刻を悔い、あるは人の加ふる侮辱にへずして、神経の過度に亢奮こうふんせらるる為に、一日の調摂を求めざるべからざる微恙びようを得ることあり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
多忙と微恙びように煩わされてはなはだまとまりの悪い随筆になってしまったのは遺憾である。
俳句の精神 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
夕食にはカツレツと飯を喰べ林檎りんごかじった。そして牛乳を飲んだ。一時なおった嗽がまた出はじめた。今年の夏はとうとう微恙びようの内に暮した、ばかばかしい事だった。さて今夜も早く寝よう。
「八日。土浦藩ノ吏遠田志田登米三郡ノ版籍及ビ廨舎かいしゃ府庫ヲ致ス。余微恙びようアリ藤森少参事ヲシテ代ツテコレヲ収メシム。」
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「お父上は?」と、老父の状を問い、先ごろからご微恙びようできのうまで打臥うちふしておられたが、きょうは床を払って朝からお待ちになっていると聞くと
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
曹操は一計を按じて、近ごろ微恙びようであったが、快癒したと表へ触れさせた。そして、招宴の賀箋がせんを知己に配った。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「昨夜から急に、むすめが微恙びようで寝ついたので、輿入れの儀は、当分のあいだ延期とご承知ねがいたい」
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
微恙びようのため」と断ってきたが、病気とも思われない。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)