彩管さいかん)” の例文
かつて信長が安土城の大普請ふしんに、あまねく天下の画匠に障壁画の彩管さいかんをふるわせた時でも、彼のみはそれに参与しなかったのみならず
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
折ふし延宝二年臘月ろうげつ朔日ついたちの雪、繽紛ひんぷんとして六美女の名にちなむが如く、長汀曲浦ちょうていきょくほ五里に亘る行路の絶勝は、須臾たちまちにして長聯ちょうれん銀屏ぎんぺいと化して、虹汀が彩管さいかんまがふかと疑はる。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
めたりと云うには余りおぼろにて、眠ると評せんには少しく生気せいきあます。起臥きがの二界を同瓶裏どうへいりに盛りて、詩歌しいか彩管さいかんをもって、ひたすらにぜたるがごとき状態を云うのである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれど永徳は、かの有名な古法眼元信こほうげんもとのぶの孫ではあり、かつて信長が、安土あづちを築いたときの障壁画しょうへきがにも彩管さいかんをふるい
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それより七年以前まえの天宝八年に、范陽はんよう進士しんし呉青秀ごせいしゅうという十七八歳の青年が、玄宗皇帝の命を奉じ、彩管さいかんうてしょくの国にり、嘉陵江水かりょうこうすいを写し、転じて巫山巫峡ふざんふきょうを越え
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
さっき、そこへ戻った菊田兆二郎は、何食わぬ風をよそおって、香炉こうろか何かに鯉絵こいえ彩管さいかんをとっていた。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
欄間らんま壁障へきしょうはすべて総漆そううるし、襖には、狩野永徳かのうえいとくそのほか当代の巨匠きょしょうふでをそろえての間、芙蓉ふようの間、墨梅ぼくばいの間、遠寺晩鐘の間などと呼ぶにふさわしい彩管さいかんふるっている。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)