市村座いちむらざ)” の例文
丁度その時刻には、自分は市村座いちむらざで芝居を観ていたという。芝居茶屋へ訊いただして見ると、来た時刻も帰った時刻もちゃんとウマが合っている。
いえいえ、うそでもゆめでもござんせぬ。あたしゃたしかに、このみみいてました。これからぐに市村座いちむらざ楽屋がくやへお見舞みまいってとうござんす。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
市村座いちむらざで菊五郎、吉右衛門きちえもんの青年俳優の一座を向うへ廻して、松居松葉まついしょうよう氏訳の「軍神」の一幕を出した、もう引退まえの女優生活晩年の活動時機であった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
新俳優伊井蓉峰いいようほう小島文衛こじまふみえの一座市村座いちむらざにて近松ちかまつが『寿門松ねびきのかどまつ』を一番目に鴎外先生の詩劇『両浦島ふたりうらしま』を中幕なかまくに紅葉山人が『夏小袖なつこそで』を大喜利おおぎりに据ゑたる事あり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
時々歌舞伎座や市村座いちむらざあたりの、高級な芝居を立見するけれど、浅草の見せ物に比べると役者がいやに上品ぶって、味もそっけもないマンネリズムを繰り返して、不愉快なことおびたゞしい。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
屹度きっと、今度二丁目の市村座いちむらざかかるという、大坂下りの、中村菊之丞きくのじょう一座ところ若女形わかおやま雪之丞ゆきのじょうというのに相違ないでしょう——雪之丞という人は、きまって、どこにか、雪に縁のある模様もよう
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
火事場かじば纏持まといもちのように、いきせきってんでたのは、おな町内ちょうない市村座いちむらざ木戸番きどばん長兵衛ちょうべえであった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
中村座なかむらざ市村座いちむらざやぐらにはまだ足場がかかっていたけれど、その向側の操人形座あやつりにんぎょうざ結城座ゆうきざ薩摩座さつまざの二軒ともに早やその木戸口に彩色の絵具さえ生々しい看板とあたる八月はちがつより興業する旨の口上こうじょうを掲げていた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
てよ。こいつァ市村座いちむらざくよりさきに、もっと大事だいじなところがあるぜ。——そうだ。まだおせんちゃんがらねえかもしれねえ。こんなとき人情にんじょうせてやるのが、江戸えどはらせどこだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)