うち)” の例文
うちなかで飼はれて居た獣は、ある時は少年時代の友達のやうに、ある時は極く無気味なものゝやうに、私の眼前めのまへをよく往つたり来たりした。
(新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
真綿帽子を脱いでうちの内に入る地主の後に随いて、私も凍えた身体を暖めに行った。「六俵の二斗五升取りですか」
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
家を中心にして一生の計画はかりごとを立てようという人と、先ずうちの外に出てそれから何事なにようという人と、この二人の友達はやがて公園内の茶店さてんへ入った。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その時、吹き立てる喇叭や、打込む大太鼓の音がうちの外に轟渡とどろきわたりました。幾千人の群は一時に声を揚げて
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
堅く閉塞とじふさがったような心持を胸の底に持った捨吉は、時には青木に随いてうちの外へ出て見た。どういう人が住んだ跡か、裏の方には僅かばかりのはたけを造った地所もある。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今迄黄ばんだ洋燈ランプの光の内に居て、急にうちの外へ飛出して見ると、何となく勝手の違つたやうな心地がする。薄く弱い月の光は家々の屋根を伝つて、往来の雪の上に落ちて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
下宿人としては高瀬、岸本の外に年若な独逸人が居るだけでうちなかは割合にひっそりとしていた。自分の部屋に居て聞くと、どうかすると隣室を歩き廻る高瀬の靴音が岸本の耳に入る。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私は春先まで枯葉の落ちないあの椚林くぬぎばやしを鳴らす寒い風の音を聞いたり、真白に霜の来た葱畠ねぎばたけながめたりして、うちの外を歩き廻る度に、こういう地方に住むものでなければ知らないような
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
地主はうちなかに入って炬燵に身を温めながら待っていた。私が屋外そとの庭の方へ出ようとすると、丁度水車小屋の方から娘が橋を渡って来て、そこに積み重ねたもみの上へますを投げて行った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
上の渡し近くに在る一軒の饂飩屋うどんやは別に気の置けるやうな人も来ないところ。丁度其前を通りかゝると、軒をれる夕餐ゆふげの煙に交つて、何かうまさうな物のにほひがうちの外迄も満ちあふれて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
すすけた田舎風のうちなかを見て廻った後、老人は奥の庭の見える座敷に粗末なぜんを控えた。お雪やお福のいそいそと立働くさまを眺めたり、水車の音を聞いたりしながら、手酌でちびりちびりやった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)