寒々さむざむ)” の例文
庭からは紫丁香花はしどいの匂いの流れて来るなかで、凍てがますますきびしくなって、沈みゆく太陽がその寒々さむざむとした光線で雪の平原を照らしたり
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
あの男に、腹立たせてしまっては、大変だ——そんな風に思って、よんどころなしに、寒々さむざむと、肩をせばめてたたずむのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
門内に、駕籠かごをひそませ、幾つもの人影が、寒々さむざむと、風を避けて、たたずんでいた。もう立つばかり身支度して、そこに出ていた石川数正の妻子たちである。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
気がついて見ると、いつの間にか日がかげって、私達がそれまですっかり話に気をとられて腰かけたままでいたヴェランダの上は、何か急に寒々さむざむとして来た。
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
寒々さむざむとした気持になって、夢中で部屋の中を探し廻る。ふと、壁ぎわの寝台の下をのぞくと、その下闇したやみの中に、燐のようなものが二つ蒼白い炎をあげている。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
寒々さむざむと揺れてゐるものは、孟宗のほづえ、ささ栗のそばのかやの木、枯枝の桐の莟、墓原のかうのけむり。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
分けても彼女は東京の場末の街の殺風景なのがきらいであったが、今日も青山の通りを渋谷の方へ進んで行くに従い、夏の夕暮であるにもかかわらず、何となく寒々さむざむとしたものが感じられ
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
魔性ましょうの水は、その表面に、寒々さむざむとした影を反射させていた。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
ところどころに椴松の疎林が、寒々さむざむとしてそびえている。
ネバダ通信 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
猿々とのみよばれて、日吉ひよしという名すら、誰も呼ばなかった寒々さむざむしい鼻たれ小僧だった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
菱形ひしがたに白く霜置く田のあぜ寒々さむざむしもよ遠く続きて
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
また、供奉ぐぶの公卿も、若きはあらかた甲冑かっちゅう弓箭きゅうせんをおびて前線へ出払っていたし——吉田大納言定房が牛車くるまをとばしてさんじたほか、老殿上ろうてんじょう十数人、滝口、蔵人のやからなど、寒々さむざむしいばかりである。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寒々さむざむたむろし移る羊にてはし驚けば皆さわめきぬ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)