定業じょうごう)” の例文
しかるに男は出先で病気にかかります。細君は看病に怠りはございませんが、定業じょうごうはしかたのないものでとうとう死んでしまいます。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長寿安泰なるようしまた定業じょうごうむなく薨去遊ばされるとしても、すみやかに仏の浄土に往生せられ、無上の仏果菩提ぼだいに登られるようにと願った。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
いよいよ定業じょうごうが満ちて今死ぬという時になったならばたとえ耆婆ぎば扁鵲へんじゃくといえども救うことは出来ないのである。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
この放恣浩蕩ほうしこうとうなる自己陶酔から、わが道庵先生の身辺と心境とを微塵に打砕くものの出現は、運命と言おうか、定業じょうごうと言おうか、是非なき必至の因縁でありました。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これも定業じょうごうの尽きぬ故なら仕方がない、これじゃ次の世に人間に生れても、病気と貧乏とで一生くるしめられるばかりで、到底ろくたまな人間になる事は出来まい、とおっしゃった
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
故に定業じょうごうを転じ、長寿を求め、長寿を得るため、礼拝袖を連ね、幣帛へいはく礼奠れいてんを捧ぐる暇なし。忍辱にんにくの衣を重ね、覚道かくどうの花を捧げて、神殿の床を動じ、信心の心池水の如く澄ませたり。
もはや定業じょうごうは免れ難く、たといいかようの術を施しても萬死に一生を得ることはむずかしい旨を申したのであったが、病人も、附き添う家族の人々も、しきりに乞うて止まないので、辞するに由なく
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
双魚線、宝瓶紋、磨羯線、射手線、天秤線、獅子紋、白羊線等、すべて上天の親星と相関連して、個人個人に、その運命の方向にあらゆる定業じょうごうを、彼の手のひらから黙示しようとひしめき合っていた。
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
これも誠に遁れ難い定業じょうごうででもございましたろう。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
定業じょうごうのがれ難し、じゃよ」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もちろん医者で充分人を救い得たところが衆生が受ける定業じょうごうの苦しみを救うことは出来ないのである。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
冷やかなる鉄筆に無情の壁を彫ってわが不運と定業じょうごうとを天地の間にきざみつけたる人は、過去という底なし穴に葬られて、空しき文字もんじのみいつまでも娑婆しゃばの光りを見る。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この曇った世界が曇ったなりはびこって、定業じょうごうの尽きるまで行く手をふさいでいてはたまらない。留まった片足を不安の念にられて一歩前へ出すと、一歩不安の中へ踏み込んだわけになる。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
秋のの葉は大概落ち尽した。死ぬのが万物の定業じょうごうで、生きていてもあんまり役に立たないなら、早く死ぬだけが賢こいかも知れない。諸先生の説に従えば人間の運命は自殺に帰するそうだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
眠りながら冥府よみに連れて行かれるのは、死ぬ覚悟をせぬうちに、だまし打ちに惜しき一命をはたすと同様である。どうせ殺すものなら、とてものがれぬ定業じょうごうと得心もさせ、断念もして、念仏をとなえたい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)