囈語うわごと)” の例文
文学の尊重を認めるという口の下から男子畢世ひっせいの業とするに足るや否やを疑うという如きは皆国士の悪夢の囈語うわごとであった。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
彼自身が意識していない囈語うわごとの一種だから、その点は責むる由はないが、今、貞実無比なるお松が、深夜、入念に筆写を試みているその内容は
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
斯うして益々ますます混乱する私は自卑にまりかねて、次のように途方もない脈絡もない囈語うわごとを喚いてしまったりした。
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
たのしみを失いきった語部の古婆は、もう飯を喰べても、味は失うてしまった。水を飲んでも、口をついて、独り語りが囈語うわごとのように出るばかりになった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
お前達がまだ眼を醒まさないうちに、お前達はさも面白そうに囈語うわごとを云ったり、手をたたいたりしていた。
雪の塔 (新字新仮名) / 夢野久作海若藍平(著)
その声が思ったより高く一間の中に響き渡ると、返事をするようにどの隅からもうめきや、寝返りの音や、長椅子のぎいぎい鳴る音や、たわいもない囈語うわごとが聞える。
(新字新仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
その時はもう死ぬるのだろうと思うたが、まだ仕かけの著述がその儘になるのが残念で囈語うわごとにも出した。誰も知り合いのもののなき処で病に疲れると云うは物淋しいものである。
『瑠璃子!』と、叫んだのは、たゞ狂った心の最後の、偶然な囈語うわごとで、あったかも知れなかった。が、瑠璃子と云う名前は、青年の心に死の刹那せつなに深く喰い入った名前に違いなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
分らぬながらにごもつともと聞かねば、その場が納まらねど、納まりかねるお胸の内。旦那殿にはこの三四年、物の恠がついたさうなと、お熱高まりし夜の囈語うわごとにも、この言をいひ死にに。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
正直に懺悔ざんげをしろと云い聞かせますと、当人ももう覚悟したとみえて、何もかも素直に白状しました。その死にぎわには、おっかさんの幽霊が来たなぞと、囈語うわごとのように云っていたそうです。
「もっともこの間少し風邪かぜを引いた時、妙な囈語うわごとを云ったがね」と云った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
危険を伴うものと言わねばならぬが、速戦即決の徹底を要したドイツのため止むに止まれぬ彼の意気は真に壮とせねばならぬ。彼が臨終に於ける囈語うわごとは「吾人の右翼を強大ならしめよ!」であった。
戦争史大観 (新字新仮名) / 石原莞爾(著)
最早もはや三月みつき近くなるにも心つかねば、まして奈良へと日課十里の行脚あんぎゃどころか家内やうちをあるく勇気さえなく、昼は転寝うたたねがちに時々しからぬ囈語うわごとしながら、人の顔見ては戯談じょうだんトつ云わず、にやりともせず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして、寝入ったかと思うと、何かしきりに、囈語うわごとを言っていた。
醤油仏 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、山吹は囈語うわごとのようにまたもこんなことを叫んだのであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……ホイ、これはしたり、とんだ囈語うわごとを長々どうも失敬!
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
ははあ、これだな、先刻、御簾の間の、闇にひとりぽっちの爛酔らんすいの客、しきりに囈語うわごとを吐いて後に、小兎一匹をとりこにしてとぐろを巻いて蠕動ぜんどうしていた客。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
幾度も、返すべき相手の名前をいたのですが、もう臨終が迫っていたのでしょう、私の問には、何とも答えなかったのです。たゞ臨終に貴女あなたのお名前を囈語うわごとのように二度繰り返したのです。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
囈語うわごとのようにこう云って彼女は多四郎の顔を見たが
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
巳之助は熱に浮かされて、囈語うわごとのように叫んだ。
半七捕物帳:52 妖狐伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そう、疑って来ると、信一郎は、青年の死際しにぎわ囈語うわごとに過ぎなかったかも知れない言葉や、自分の想像を頼りにして、突然訪ねて来た自分の軽率な、芝居がかった態度が気恥しくてたまらなくなって来た。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)