千断ちぎ)” の例文
山下へ出た時は、手も足も寒さにこごえて千断ちぎれそうな気がしたので、とある居酒屋が見つかったのを幸い、そっと暖簾のれんをくぐった。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
それは、色褪いろあせた古金襴こきんらんの袋に入っている。糸はつづれ、ひも千断ちぎれているが、古雅こがなにおいと共に、中の笛までが、ゆかしくしのばれる。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
食い物もろくに食わずに、土間に立詰めだ。指頭ゆびさき千断ちぎれるような寒中、炭をかされる時なんざ、真実ほんとに泣いっちまうぜ。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
寒い寒い朝、耳朶が千断ちぎれそうで、靴の裏が路上じべたに凍着くのでした。此寒い寒い朝だのに、停車場はもう一杯の人でした。
昇降場 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
よれよれの単衣に、千断ちぎれかかった三尺をしめた、もう六十を越えた男だ。無帽の頭は五分刈で、まっ白い。草履はとっくに脱ぎすてて、必死で走っている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
その(ふわ、)がね、何の事アねえ、鼠の穴から古綿が千断ちぎれて出たようだ。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
足が一本千断ちぎれた疼痛が、ハッキリ老人を蘇生へ導いてくれたのであった。
仲々死なぬ彼奴 (新字新仮名) / 海野十三(著)
入れて呉れるだって! 彼は腕を振り千断ちぎられないのが切めてもの仕合せであった。五分間のうちに、彼はもう何の気兼ねもなくなっていた。これほど誠意の籠った歓迎はまたと見られまい。
岩は千断ちぎ書割かきわりは裂ける。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そしてたちまち一陣のつむじを吹きおこし、風は空へけ揚ッて、黒雲へいどみ、高廉をつつむ妖雲をむしり千断ちぎッた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雨はやまず、風は休まず、彼女のみのもやがて千断ちぎれ果てて手も胸も肩も、ただ雨と泥にまみれるばかりだった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、駕屋の眼にも触れないように、門の土塀に這っている夕顔のつるを、そっと千断ちぎって、袂へ入れた。
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「この野郎ッ」わめいて、くるまのそばへ、寄ってきたかと思うと、腕をのばして、藤色のふちに朱の絹房きぬふさの垂れているそこのすだれを、ぱりっと、力にまかせて、引き千断ちぎった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
赤土の肌の崩れている土塀には、夕顔のつるがいちめんに這って、白い花が無数によいの微風に息づいていた。彼女の側にも、浪人の体にもその弱々しい蔓や白い花が、千断ちぎれて落ちた。
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お蝶の思案は後ろから来る空ッ風に、千断ちぎれ千断れに飛んで行く。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)