八手やつで)” の例文
その混凝土コンクリート氏こと、山木やまき勘九郎氏邸の前を通ると、鬱蒼うっそうたるかしの木立の奥に、青空の光りを含んだ八手やつでの葉が重なり合って覗いている。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
地所の三方には竹の四つ目垣が結い廻され、八手やつでの青葉などが所々にあしらわれ、一方の崖には、焼け残った灌木が芽を出し、蔦や蔓が延びました。
窓の外は狭い坪庭つぼにわであって、石灯籠や八手やつでなどがあった。その庭を囲んでいるものは、この種の妾宅にはつき物にしている船板の小高い塀であった。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
中でも、八手やつでだけは勢が好い。明るい新緑は雨に濡れて透きとおるように光る。青々とした葉が障子の玻璃ガラスに映って、何となく部屋の内を静かにして見せた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
人間の背よりも高い笹藪ささやぶがつづいていて、ところどころに小さな丘があり、そこには八手やつで五月躑躅さつきが密生していて、隠れん坊にはこの上ない場所だったけれど
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
父が書斎の丸窓まるまどそと外に、八手やつでの葉は墨より黒く、玉の様な其の花は蒼白あおしろく輝き、南天の実のまだ青い手水鉢ちょうずばちのほとりに藪鶯やぶうぐいす笹啼ささなき絶間たえまなく聞えて屋根、のき、窓、ひさし
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
水のような月の光が畳の上までさし込んで、庭の八手やつでまばらな葉影はあわく縁端にくずれた。蚯蚓みみずの声もかすかに聞こえていた。螢籠ほたるかごのきに吊して丸山さんと私とは縁端に並んで坐った。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
八手やつでなどに、眼をやることもありましたが、それもへんに無関心で、やがてまた椎の木を見上げるのでした。
古木:――近代説話―― (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
叔母さんの眼を楽ませた庭の八手やつでは幾本かあつた木が子供にひどい目に逢はされて、枯れて了つた。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
相当に年を経た桐の木と見えて、幹などは太く頑丈であって、茶緑のよろいでも着ているようであったが、その前に丈の高い八手やつでの木があって、その広い葉で桐の木の幹の、下半分を蔽うていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すぐ前に大きい檜葉ひばがあって、その向うの右手の隅に八手やつでがあった。その葉には雨の露がまだ一杯たまっていた。でも空は綺麗に晴れて星がきらきらと輝いていた。
球突場の一隅 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
お栄は庭の八手やつでのある方へ隠れて、袖を顔に押当てゝ泣いた。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
庭だったと思える片隅に八手やつでが三四株、地面低くこんもりと葉の茂みを拵えていました。
白藤:――近代説話―― (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その時、表から台所口とは反対にそこの縁側の方へ通ずる、路地とも庭ともつかない空地に、かすかに人の気配がして、八手やつでと檜葉との小さな植込のそばに、ぼっと人影が現われました。