全貌ぜんぼう)” の例文
けれども読者である我々はそれで充分納得して、その微細なニュアンスからピエルの全貌ぜんぼうを歴々と想像しながら読了してしまう。
大将としてはまたそれを話し出した時に秘密の全貌ぜんぼうの見られることも願っているのであるから好機は容易に見いだせないのであるらしい。
源氏物語:36 柏木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
普通の優しさとは少し違うのである。私の優しさは、私の全貌ぜんぼうを加減せずに学生たちに見せてやる事なのだ。私は、いまは責任を感じている。
新郎 (新字新仮名) / 太宰治(著)
忠盛は、いま、院の別当との打ち合わせもとげたので、ひとり清盛だけへでなく、他家の衆へも、事件の全貌ぜんぼうを、次のように、明らかにした。
昔から写真でお馴染なじみの大正池の眺めではなくて、恰度ちょうどその時雲の霽間はれまにその全貌ぜんぼうを現わした焼岳の姿と色彩とであった。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
船着場にある発動機船、そして私の頭の回転につれて、双眼鏡の視野に、大きく桜島岳の全貌ぜんぼうが浮び上って来た。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
窓外の一本太い竹煮草たけにぐさの広葉に当った夕陽から来るものらしかった。かの女はそのきろきろする斑点を意固地いこじに見据えて、ついでに肖像画の全貌ぜんぼうをも眺め取った。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかしかの「釣瓶取られて」の句をもって俳句の全貌ぜんぼうだとしたのに比べたらばだいぶ広くなっております。そうして前にも申した通り芭蕉はこの道のお祖師様である。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
事件の全貌ぜんぼうは、皆川半之丞の素姓が判りさえすれば、わけもなく見透せるような気がしますが、いくら浪人でも、れっきとした二本差を、証拠も何にもなしに縛るわけにゆかず
この事が指導者としての寺田先生の全貌ぜんぼうを現わしているのではないかと自分には思われる。
指導者としての寺田先生 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
これらのことをどんなに詳しく記したところで、浦粕町の全貌ぜんぼうを尽すわけにはいかない。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
強すぎる真昼の光線で、中国山脈も湾口に臨む一塊の都市も薄紫のおぼろである。……が、そのうちに、宇品うじな港の輪郭がはっきりと見え、そこから広島市の全貌ぜんぼうが一目に瞰下みおろされる。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
阪神間の人々は翌日の新聞にって始めて惨害さんがい全貌ぜんぼうを知り、再び驚きを新たにした。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さびしい孤独の詩人夜半亭やはんてい蕪村の全貌ぜんぼうが、目に見えるようにうかんで来る俳句である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
最近、私のところへ照会がきて、それでもちろん事の全貌ぜんぼうが明らかにされました。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
その抱合サンドイッチ兵団のことは、次の日記において、初めて全貌ぜんぼう明瞭めいりょうとなるであろう。
ようやく太田にはこの新らしい世界の全貌ぜんぼうがわかって来たのである。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
と、評したというが、この言はなお、家康の眼をもっていわしめれば、決して、正信の全貌ぜんぼうを云い尽したものとはしまい。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分が感じたように大将はあの秘密の全貌ぜんぼうを知っているのであると院はお悟りになったのであるが、くわしくお語りになるべきことでもないので
源氏物語:37 横笛 (新字新仮名) / 紫式部(著)
平次の周到さは、たった二日一夜の間に、早くも事件の全貌ぜんぼうつかんでしまったのでしょう。
三つ、四つと紹介をしているうちに、読者にも、黄村先生の人格の全貌ぜんぼうが自然とおわかりになるだろうと思われますから、先生に就いての抽象的な解説は、いまは避けたいと思います。
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)
このまったく全貌ぜんぼうをつかみがたい大きな組織は、なんらかの、もちろん秘密の、暗闇くらやみで初めて手がけることのできる手段で容易にとらえられ、つぶされ、粉砕されるもののように思われた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
その中でも興味ある発見は、通常火花の形として見えるものは、火花の全貌ぜんぼうの中で可視光線を出している部分だけであって、そのほかに眼に見えぬ線を出している部分があるということであった。
指導者としての寺田先生 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
行家の国元である新宮の武士たちの動きから、以仁王もちひとおうをめぐる計画の全貌ぜんぼうが、すっかり平家へ洩れてしまったのである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
予審判事さん、私が室内画家かというお尋ねは——むしろ、あなたはきかれたのではなくて、頭ごなしに私に言われたのですが——私に対してなされている手続きの全貌ぜんぼうの特色を示すものであります。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)