保吉やすきち)” の例文
保吉やすきちはこのタウンゼンド氏と同じ避暑地ひしょちに住んでいたから、学校の往復にも同じ汽車に乗った。汽車はかれこれ三十分ばかりかかる。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ある冬の日の暮、保吉やすきち薄汚うすぎたないレストランの二階に脂臭あぶらくさい焼パンをかじっていた。彼のテエブルの前にあるのは亀裂ひびの入った白壁しらかべだった。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
去年の春の、——と云ってもまだ風の寒い、月のえたよるの九時ごろ、保吉やすきちは三人の友だちと、魚河岸うおがしの往来を歩いていた。
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
保吉やすきちは二階の食堂を出た。文官教官は午飯ひるめしのちはたいてい隣の喫煙室きつえんしつへはいる。彼は今日はそこへ行かずに、庭へ出る階段をくだることにした。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
保吉やすきちいまだに食物しょくもつの色彩——鮞脯からすみだの焼海苔やきのりだの酢蠣すがきだの辣薑らっきょうだのの色彩を愛している。もっとも当時愛したのはそれほどひんい色彩ではない。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
藤田大佐は食堂を出しなにこう保吉やすきちへ話しかけた。堀川保吉はこの学校の生徒に英吉利イギリス語の訳読を教えている。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
保吉やすきちは三十になったばかりである。その上あらゆる売文業者のように、目まぐるしい生活を営んでいる。だから「明日みょうにち」は考えても「昨日さくじつ」は滅多めったに考えない。
お時儀 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
保吉やすきちの海を知ったのは五歳か六歳の頃である。もっとも海とは云うものの、万里ばんりの大洋を知ったのではない。ただ大森おおもりの海岸に狭苦せまくるしい東京湾とうきょうわんを知ったのである。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
保吉やすきち四歳しさいの時である。彼はつると云う女中と一しょに大溝の往来へ通りかかった。黒ぐろとたたえた大溝おおどぶの向うはのち両国りょうごく停車場ていしゃばになった、名高い御竹倉おたけぐら竹藪たけやぶである。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ある雪上ゆきあがりの午前だった。保吉やすきちは物理の教官室の椅子いすにストオヴの火を眺めていた。ストオヴの火は息をするように、とろとろと黄色きいろに燃え上ったり、どす黒い灰燼かいじんに沈んだりした。
寒さ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
保吉やすきちはやむを得ず風中ふうちゅう如丹じょたんと、食物くいものの事などを話し合った。しかし話ははずまなかった。このふとった客の出現以来、我々三人の心もちに、妙な狂いの出来た事は、どうにも仕方のない事実だった。
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
保吉やすきちはずつと以前からこの店の主人を見知つてゐる。
あばばばば (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)