黄昏ゆうぐれ)” の例文
承応しょうおう巳年みどし八月十一日の黄昏ゆうぐれのことであった。与右衛門よえもん夫婦は畑から帰っていた。二人はその日朝からいていた豆を数多たくさん背負っていた。
累物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
某日あるひ黄昏ゆうぐれ隣村から帰っていた村の女の一人は、眼も鼻もない怪人のことが気になるのでこわごわ歩いていると、前を一人の女が往っている。
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それはしずか黄昏ゆうぐれであった。ゆっくりゆっくりと吹かす煙草の煙が白い円い輪をこしらえて、それが窓の障子しょうじの方へ上斜うえななめつながって浮いて往った。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこは長良川の西岸で、東岸には稲葉山いなばやま黄昏ゆうぐれの暗い影をいてそそり立っていたが、そのいただき城櫓しろやぐらの白壁には、夕陽の光がちらちらと動いていた。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
曇っていた空に雲ぎれがして黄昏ゆうぐれの西の空はかば色にいぶっていた。竹垣をした人家の垣根にはコスモスが咲いていたり、畑地のすみにはすすきの穂があった。
藍瓶 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
弘光はこう云って、私と離れて電車通りを横断よこぎって、日本橋のほうへ往ったが、その後姿は、黄昏ゆうぐれきいろな光の底にうごめいている人群の中へかくれてしまった。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
村のわかい男の眼にその姿があった。それは秋の黄昏ゆうぐれのことであった。狩装束をした服装みなりの立派な武士が七八人の従者をれて来た。従者の手には弓や鉄砲があった。
妖怪記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
何時いつの間にか電燈がいていた。謙作は洋食屋を出る時の物に追われているような気もちは改まって、ゆっくりした足どりになって微暗うすぐら黄昏ゆうぐれ街路まちを歩いていた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
李張はふらふらとその丘の上にあがった。黄昏ゆうぐれの邸内には燭火ともしびの光が二処ふたところからちらちらとれていた。垣はすぐ一跨ひとまたぎのところにあった。彼はそこにたたずんでともしびの光を見ていた。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
旧幕のころであった。江戸の山の手に住んでいるさむらいの一人が、某日の黄昏ゆうぐれ便所へ往って手を洗っていると手洗鉢ちょうずばちの下の葉蘭はらんの間から鬼魅きみの悪い紫色をした小さな顔がにゅっと出た。
通魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は黄昏ゆうぐれの涼しい風に酒にほてった頬を吹かれて家いえののきの下を歩いていた。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
謙作はへとへとになって黄昏ゆうぐれ街路とおりを歩いていた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)