隠栖いんせい)” の例文
旧字:隱栖
然り、義経及びその一党はピレネエ山中最も気候の温順なる所に老後の隠栖いんせいぼくしたのである。之即ちバスク開闢かいびゃくの歴史である。
風博士 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
羅摩これを見て大いに悔い、二子にその国をわかち、恒河のあたり隠栖いんせい修道して死んだというのが一伝で、他に色々と異伝がある。
久しくたずねない鉄胤老先生の隠栖いんせいへも、御無沙汰ごぶさたのおわびをかねてその相談に訪ねて行って見ると、師には引き止められるかと思いのほか
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
意外な政変のために御隠栖いんせいになっております土地を今日通ってまいります。非常にもったいないことと存じ、悲しいことと思うのでございます。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
子孫があった点や隠栖いんせいした土地の縁故を考えても、明るい山村の耕地に、麦を踏み、くわをもって、良人おっととともに働いた女性にょしょうは、お千絵であったと思われる。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
足利あしかがの末の時代でもございましたろう、川越三喜という名医が、この地に隠栖いんせいを致しましてな、そうして釣を垂れて悠々自適を試みていましたそうですが
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
商売はやめて現在は田舎の町に隠栖いんせいしていること、自分ももう齢をとったこと、佗しいから東京に出たいがその節はよろしく頼むこと、そんな内容のものであった。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
西坂本の庵室あんしつ隠栖いんせいする尼僧の母は、すでに六十歳を越した老媼ろうおうであることを思う時、滋幹の心は自然冷めたい現実の前に出ることを尻込みしなかったであろうか。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
パリーの一友人がスイスを通りかかって、クリストフの隠栖いんせいを見出した。そして彼に会いに来た。それは音楽批評家であって、彼の作曲にいつもりっぱな批評をくだした男だった。
それで誠実と熱心とを以て亨一に生活の転換を説き、ある方法によつてある程度の自由が亨一に与へられるやうに心配もした。東京に居ちやいけないと、諸友は頻りに隠栖いんせいを勧めた。
計画 (新字旧仮名) / 平出修(著)
聞くだに涙こぼるる美談ぞかし。然るにわれは早くもこころくじけてひたすら隠栖いんせいの安きを求めんとす。しかもそは取立てていふべきほどの絶望あるにもあらずはた悲憤慷慨のためにもあらず。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
津田の知らないに、この閑静かんせいな古い都が、彼の父にとって隠栖いんせいの場所と定められると共に、終焉しゅうえんの土地とも変化したのである。その時叔父は鼻の頭へしわを寄せるようにして津田に云った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ほかにはポリドールのスレザークの「隠栖いんせい」が名演だ(五〇〇三〇)。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
次郎は、山奥に隠栖いんせいしている剣道の達人をでも見るような気がした。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
随行するのは特にまたその中から選ばれた至誠の士である。隠栖いんせいの用に持って行くのは日々必要な物だけで、それも飾りけのない質素な物を選んだ。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
隠栖いんせいしても一かどの権式も生活力も持っているが、これが奈良の裏町あたりへゆくと、ほとんど、腰のものの中身まで売りはたいたような、ほんとの無職武士がうようよいて
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
己れ自身の隠栖いんせいの地を求めたゝめであった。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
どうしましても現実のことと思われませんような御隠栖いんせいのことを承りました。あるいはこれもまだ私の暗い心から、夜の夢の続きを見ているのかもしれません。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
明石には私の隠栖いんせいに適した場所があるでしょうか
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)