隘路あいろ)” の例文
都市は反抗の周囲に砂漠さばくと変じ、人の魂は冷却し、避難所は閉ざされ、街路は防寨ぼうさいを占領せんとする軍隊を助ける隘路あいろとなるのだった。
あの途中の絶壁と絶壁のり合った隘路あいろは巨木大石をもってふさぎ、たちまち洞界の入口を遮断しゃだんしてしまうことができるようになっている。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
われわれの手を取って危険な隘路あいろを導いてくれ、白日の光と生活の趣味とがもどってくるまで支持してくれるのである。
しかしその谷に当ったところには陰気なじめじめした家が、普通の通行人のための路ではないような隘路あいろをかくして、朽ちてゆくばかりの存在を続けているのだった。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
もう「悪魔の拇指ディヴルス・サム」から百マイルも来たと思うあたりの、一隘路あいろのなかで大吹雪におそわれた。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
とかく嶮峻けんしゅん隘路あいろを好んでたどるものと危ぶまれ、生まれ持った直情径行の気分はまた少なからず誤解の種をまいてついには有司にさえ疑惧ぎぐの眼を見はらしめるに至った兄は
茶の本:01 はしがき (新字新仮名) / 岡倉由三郎(著)
が、嶮峻けんしゅん隘路あいろに立つものは拳石こいしにだもつまずいて直ぐ千仭せんじんの底にちる。人気が落ちて下り坂となった時だから、責むるに足りないいささかの過失でも取返しの付かない意外な致命傷となったのであろう。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ゲルンハウゼンの隘路あいろを見、次に、モンミライ、シャトー・ティエリー、クラン、マルヌ川岸、エーヌ川岸、恐るべきランの陣地を見た。
高氏は後のうごきも知るはずなく、山と山とにせばめられた不破ノ関の隘路あいろ、大木戸坂へかかって、供頭の桃井直常へ
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さらに下方、山のふもとには、断崖だんがいの間の狭い隘路あいろに、際限なき戦い、抽象的な観念や盲目的な本能などの狂信者たち。
アルシュ・マリオンに達する長い丸天井の隘路あいろの下に、少しも破損していない屑屋くずやかごが一つあったことは、鑑識家らの嘆賞を買い得た。
低い灌木かんぼくも高い木も焼け始めた。張郃は、狂い廻る馬にまかせて谷口を探したが、そこの隘路あいろもすでにふさがれていた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
永続的なものを築くには涙と血とで固むるのほかはないと知って、苦難を忍従し晴れやかなひたいをし、未来に通ずる嶮峻けんしゅんなる隘路あいろを進んで行きつつあった。
ボナパルトに従ってロディの橋を渡った者もおり、ムュラーと共にマントアの塹壕ざんごう中にいた者もおり、ランヌに先立ってモンテベロの隘路あいろを進んだ者もいた。
時こそあれ、一発の轟音ごうおんが谷のうちにこだました。——と思うと、隘路あいろの壁をなしている断崖の上から、驚くべき巨大な岩石が山を震わして幾つも落ちてきた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
壁の向こうの隘路あいろに生えてる一本のくりの木が、影を投げていた。その低い壁越しに、金色の農作物が見えていた。なま暖かい風がそれに柔らかい波を打たせていた。
と戒めていたが、騎虎の勢いというものか、関平の姿もいつか見失い、味方の小勢も散りぢりなので、彼はつい朱然を追って、いよいよ山の隘路あいろまで行ってしまった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いくら仔細に探っても、彼処かしこに敵兵がいないことは確実です。けれど江岸の磯から山と山の隘路あいろにわたって、大小数千の石が、あたかも石人せきじんのように積んであります。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
淀を右塁とし、勝龍寺の城を左塁とし、能勢のせ、亀山の諸峰と、小倉之池にせばめられたこの京口の隘路あいろを取って、羽柴軍を撃摧げきさいせんとなす準備行動のそれは第一歩とみられた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すでに漢中を発した蜀軍は、陳倉道を進んでくるうちに、ここの隘路あいろと三方のけんを負って
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
名のり名のり、急坂のぬかるみや、岩間の隘路あいろで、すべて無残な枕をならべてしまった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今は、すこしでも敵に時をかすのはとうをえたものではない。それに直義ただよしの陸兵が、図にのッて、もし功にはやりでもしたら、明石の磯の隘路あいろあたりで敵のため手いたい目にあわぬかぎりもない。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はかるに、いかに秀吉といえ、ここへ到るまでには、なお五、六日を費やしましょうから、その間によど、勝龍寺の二城を固めて、隘路あいろの南北に堅陣を設け、その間に江州ごうしゅうその他の諸勢を糾合きゅうごうするならば
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)