錯落さくらく)” の例文
自然石じねんせき形状かたち乱れたるを幅一間に行儀よく並べて、錯落さくらくと平らかに敷き詰めたるこみちに落つる足音は、甲野こうのさんと宗近むねちか君の足音だけである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
このあざみ谷は旧噴火口の跡なので道の両側には無数の熔岩が、大小錯落さくらくとして横たわっているが、霧が深いのと、年代を経ているので、ことごと苔蒸こけむ
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
先生作る所の小説戯曲随筆等、長短錯落さくらくとして五百余編。けいには江戸三百年の風流を呑却どんきやくして、万変自ら寸心に溢れ、には海東六十州の人情を曲尽して、一息忽ち千載に通ず。
「鏡花全集」目録開口 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
勿論当時の人間には国籍も住所もさだまっていない。水草を追うて浮動する小部隊が錯落さくらくとして散在した事であろう。今日う所の如き「家」とか「社会」とかいう観念のなかったのは勿論である。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
そうすると写真や魔術の奇怪なる舞台面と、自分の頭のうちたゞよう妄想とが、互いに錯落さくらくし、もつれ合って、事実とも幻像とも付かない、不可思議極まる線状が、瞳の前に暴れ廻るように感ずるのである。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この參差しんし錯落さくらくたる趣ありてこそ、好畫圖とはなるべきなれといふ。
二重瞼ふたえまぶたに寄る波は、寄りてはくずれ、崩れては寄り、黒いひとみを、見よがしにもてあそぶ。しげき若葉をる日影の、錯落さくらくと大地にくを、風は枝頭しとううごかして、ちらつくこけの定かならぬようである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
古伽藍ふるがらんげた額、化銀杏ばけいちょうと動かぬ松、錯落さくらくならぶ石塔——死したる人の名をきざむ死したる石塔と、花のような佳人とが融和して一団の気と流れて円熟無礙むげの一種の感動を余の神経に伝えたのである。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)