たまたま)” の例文
しかしわたくしは隅田川の蒹葭を説いてたまたまレニエーの詩に思及ぶや、その詩中の景物に蒹葭を用いたもののすくなからぬことを言わねばならない。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一たびわかれまゐらせて後、一〇二たのむの秋よりさきに恐ろしき世の中となりて、里人は皆家を捨てて海にただよひ山にこもれば、たまたまに残りたる人は、多く一〇三虎狼こらうの心ありて
たまたま「北越雪譜」を読んでゐたら、著者鈴木牧之ぼくしが苗場山へ登つた記事がでてゐた。山頂に天然の苗田らしいものがあるといふので、その奇観を見るために同好の士と登つたのである。
日本の山と文学 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
これたまたまもって軍旅のえいぎ、貔貅ひきゅうたんを小にするに過ぎざるのみ、なりというからず。燕王と戦うに及びて、官軍時にあるいは勝つあるも、この令あるをもって、飛箭ひせん長槍ちょうそう、燕王をたおすに至らず。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
因テ二、三ノ従游スルモノト相謀あいはかリ諸家ノ麗藻ヲ選ンデシテコレヲ伝ヘントシタリ。たまたま同人集ノ挙アリ遷延シテ果サズ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
然り而して其の文をるに、各々奇態きたいふるひ、啽哢あんろうしんせまり、低昂宛転ていかうゑんてん、読者の心気をして洞越どうゑつたらしむるなり。事実を千古にかんがみらるべし。たまたま鼓腹こふくの閑話あり、口をきて吐きだす。
聖護院親王もとヨリソノ名ヲ聞ケリ。召シテ師トナス。先生ノ王門ニ遊ブヤ爵禄俸銭ハ辞シテ受ケズ。先生たまたま脚気かっけヲ病ム。勢はなはだ危篤ナリ。先生男典ニイツテ曰ク墳墓ノ異郷ニアルハ子孫ノ累ナリ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)