羈絆きはん)” の例文
それはとらわれの繩を解かれたような、妄執もうしゅうがおちたような、その他もろもろの羈絆きはんを脱したような、すがすがしく濁りのない顔に返った。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
男と女との踵に重い今日の社会的羈絆きはんから諸共に解放されようとする、その役に立てるものの意味として理解するのである。
昨今の話題を (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
これに反して、魂と魂との一致によりて堅く結ばれたる夫婦関係は、肉体の羈絆きはんを脱したあかつきおいて、更に一層の強度を加える。
しかし彼の愛国は、軍馬によってローマの政治的羈絆きはんを脱しようと策動するのたぐいではありません。彼は救いの問題を根本的に考えておられる。
遠い昔にさかのぼって見れば見る程、人間は共同生活の束縛を受けていたのだ。それが次第にその羈絆きはんを脱して、自由を得て、個人主義になって来たのだ。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
何の羈絆きはんも拘束もなく、興に乗じては嶺から嶺を渡り歩いて、山で死ぬ日をすら美しく脳裏に画いた若い日は、もう私には再び帰って来ないのか……。
彼は焔に包まれて、宙に浮いてゐるやうな、目まぐるしい心の軽さを覚えて、総ての羈絆きはんを絶ち切つて、何処までも羽をのす事が出来るやうにも思つた。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
だが私は現在の羈絆きはんの上に更に羈絆を重ねるのは、とてもたまらないと思つた。そしてこの考へが、やがて勝利を占めた。私は破壊の時が来たと思つた。
母たち (新字旧仮名) / 神西清(著)
でもそういう責任や羈絆きはんを感ずれば感ずる程また一方に家庭への反逆心も起ろうというもんです。はははは……人間なんて、殊に男なんて勝手なもんですな。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
されば物の理屈を考えるにあたっては、できるだけ言葉の羈絆きはんを脱し、決して言葉にとらえられて、むだなことに頭脳をなやまさぬように充分注意せねばならぬ。
我らの哲学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
フラマン人は西班牙スペイン政庁の羈絆きはんを脱するや最近十九世紀の文明に乗じて一大飛躍を試みたる国民たり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
超短波は電気天井を抜け、地球の羈絆きはんを切って一直線に宇宙へ黙々もくもくとして前進しているのです。
科学が臍を曲げた話 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
事実、米友なればこそです、子熊とはいえ、羈絆きはんを脱して自由を求むる本能性の溢れきったこの猛獣族を、この場合に取って抑えることのできたのは米友なればこそです。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一様に推移し流下する黒い幕のような時の束縛と羈絆きはんからのがれ出るとき、私は無限を獲得するのでないか。なぜなら自己活動的なものは無限なものでなければならないから。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
世界の文明、世界のあらゆる科学を応用して、しかして中古的、専制的、封建的の羈絆きはんを脱却してついに立憲の政治を行い、憲法を制定し宗教の自由を認めたという国柄である。
東亜の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
その結果、半途にして学校を退くようになった。当時思うよう、学問は必ずしも独学にて成し遂げられないことはあるまい、むしろ学校の羈絆きはんを脱して自由に読書するにくはないと。
或教授の退職の辞 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
窮屈な羈絆きはんの暑さのない所には自由の涼しさもあるはずはない。一日汗水たらして働いた後にのみ浴後の涼味の真諦しんたいが味わわれ、義理人情で苦しんだ人にのみ自由の涼風が訪れるのである。
涼味数題 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
たとえばギリシア国がトルコの羈絆きはんを脱して独立国となりたるがごとき、イタリアがオーストリアの管轄を離れてその国体を新造したるがごとき、スペインの仏における、仏の独における
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
男の子はさまで親を懊悩おうのうさせはしないだろうが、女はどうせ女で、親が何と思っても宿命に従わせるほかはないのでしょうが、それでも愍然ふびんに思われて、親のためには大きな羈絆きはんになりますよ
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
人間の仲間入りをして社会の羈絆きはんの中に暮そうと思えばこそ、そこには粉飾もあれば粉黛ふんたいもあり、恥もあれば忍辱もあり、私の四十何年の憂鬱至極な生活の鬱積があり、感情の跼蹐きょくせきがあった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
それはとらわれのなわを解かれたような、妄執もうしゅうがおちたような、その他もろもろの羈絆きはんを脱したような、すがすがしく濁りのない顔に返った。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
性関係における自主的選択が女に許されていなかった過去の羈絆きはんは、そういう相互のいきさつの間に形を変えて生きのこり、現れたのであった。
若き世代への恋愛論 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
これこそは愛が直接に人間に与えた愛子だといっていい。立派な音楽は聴く人を凡ての地上の羈絆きはんから切り放す。人はその前に気化して直ちに運命の本流に流れ込む。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
言葉の羈絆きはんから脱するように努めながら、一歩一歩誤りの入りきたらぬように注意して進むつもりであるが、これは従来の哲学を全く眼中におかず、新たな道を進むことにあたる。
我らの哲学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
津田君といえども伝習の羈絆きはんを脱却するのは困難である。あるいは支那人や大雅堂蕪村たいがどうぶそんやあるいは竹田ちくでんのような幻像が絶えず眼前を横行してそれらから強い誘惑を受けているように見える。
しかしてかの英国はなにがゆえにかくのごとくすみやかに封建の羈絆きはんを脱し、かくのごとくすみやかに帝王の専制を脱し、かくのごとくすみやかに宗教の専制を脱し、妄想迷信の専制を脱し
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
文学や音楽なぞという限定された趣味にふけることが許されず、いかにして国力を充実させて英国の羈絆きはんから祖国を解放するかということに、その関心のすべてが傾け尽されているように思われた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
先ず、女性の作家に加えられた評言に就て反省して見る事は、即ちママつならば或る欠点や、羈絆きはんから脱して、よりよい次の一歩を踏出す事に成るのではないだろうか。
概念と心其もの (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
昔にあっては何が宗教にかくの如き権威を附与し、今にあっては、何が私達の見るが如き退縮を招致したか。それは宗教が全く智的生活の羈絆きはんに自己をゆだね終ったからである。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ここにもっとも注意せねばならぬのは言葉の羈絆きはんから脱するということである。
我らの哲学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
社会生活の複雑な旧い羈絆きはんが文学を害することの夥しいことに驚かざるを得ないだろうと思う。
文芸時評 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)