えい)” の例文
罵声ばせいが子路に向って飛び、無数の石や棒が子路の身体からだに当った。敵のほこ尖端さきほおかすめた。えい(冠のひも)がれて、冠が落ちかかる。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それがけしからぬいたずらとしても、楚王そおうえいを絶った故事も思いあわされて、きょうの場合には主人の忠通もそれを深く咎めたくなかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
『滄浪の水清まばもって吾がえいあらうべく、滄浪の水濁らばもって吾が足をあらうべし』……融通無碍むげになりさえすれば、物事かえって面白うござる
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、横たわっていた美しいとう(細長い床几しょうぎ)から身を起して、かんむりえい(ひも)を、ちょっと正した。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兵部卿ひょうぶきょうの宮もおいでになった。右大将は羽振りのよい重臣ではあるが今日の武官姿のえいを巻いて胡簶やなぐいを負った形などはきわめて優美に見えた。色が黒く、ひげの多い顔に玉鬘は好感を持てなかった。
源氏物語:29 行幸 (新字新仮名) / 紫式部(著)
練衣ねりぞを下に着て、柔かそうな直衣のうしをふんわりと掛け、太刀たちいたまま、紅色の扇のすこし乱れたのを手にもてあそんでいらしったが、丁度風が立って、その冠のえいが心もち吹き上げられたのを
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
宮は、しかし、いつまでもそのおたたずみを忘れたような姿だった。廻廊のひさしは浅いので、そうしているまもかんむりえい束帯そくたいの裾には吹きこむ雪の明滅があやしいまでに舞っては消えている——
折から、その青年のえいを吹き上げていた風が、其処まで届いて、急にその簾をうちそとへあおったものだから、簾のかげにいた女房どもはあれよと言って、それをおさえようとして騒ぎ出していた。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼の華やかな紫の狩衣かりぎぬ紅錦こうきん陣半被じんはっぴえいに飾られたかんむりといえど、蒼白なその憂いにみちたおもてには、すべて、悲調を強めるものでしかなく、珠を失った龍か、瑞雲ずいうんを奪われて荒地こうちに怒る鳳凰おおとりにも似て
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)