繽紛ひんぷん)” の例文
二人の悲しい宿命をさながら形に現わしたように、風なきに桜花が繽紛ひんぷんと散り、肩に懸かり裾に乱れ二人は落花に埋もれようとした。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
去れど心さす方のある身には如何ばかり苦しかるらん、今も尚ほ繽紛ひんぷんとして止まんともせず、せめては雪のはるゝを待ちて登山せん
雪中の日光より (旧字旧仮名) / 木下尚江(著)
湛然たんぜんとして音なき秋の水に臨むが如く、瑩朗えいろうたるおもてを過ぐる森羅しんらの影の、繽紛ひんぷんとして去るあとは、太古の色なきさかいをまのあたりに現わす。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
落花繽紛ひんぷんとして屋台の内部にまで吹き込み、意気さかんの弓術修行者は酔わじと欲するもかなわぬ風情、御賢察のほど願上候ねがいあげそうろう
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)
天地は荒唐晦冥かいめいの中に繽紛ひんぷんと天華乱墜らんついするような光景なり行動なりになってこそ、いまのわたくしの気分に相応わしくあり
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二官の家の庭先の桜が、なんの凶兆を暗示してか、しきりに降り散って、それが山屋敷じゅうに繽紛ひんぷんと、高く低く、迷っているかに見えました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
玉のいしだたみ暖かにして、落花自ずから繽紛ひんぷんたり、朱楼紫殿玉の欄干こがねこじりにししろがねを柱とせり、その壮観奇麗いまだかつて目にも見ず、耳にも聞かざりしところなり。
折ふし延宝二年臘月ろうげつ朔日ついたちの雪、繽紛ひんぷんとして六美女の名にちなむが如く、長汀曲浦ちょうていきょくほ五里に亘る行路の絶勝は、須臾たちまちにして長聯ちょうれん銀屏ぎんぺいと化して、虹汀が彩管さいかんまがふかと疑はる。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
右も桜左も桜、上も桜下も桜、天地は桜の花にうずもれてはく一白いっぱく落英らくえい繽紛ひんぷんとして顔に冷たい。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
南は富士の山、北は金峰山、名にし負う甲斐の国の四方を囲む山また山の姿を一つも見ることはできないので、ただ霏々ひひとして降り、繽紛ひんぷんとして舞う雪花せっかを見るのみであります。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
繽紛ひんぷんとして花が浮動する。次いで天人が舞う。退場。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
春雪しゅんせつ繽紛ひんぷんとして舞ふを見よ
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
で絶えず繽紛ひんぷんと散った。仮面めんの上へ落ちるのもあり、袍の上へ落ちるのもあり、手足の上へ落ちるのもあり、落花は彼を埋めようとした。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
繽紛ひんぷんと舞う雪のなかを、彼はやがて、赤い顔して帰って来た。——そしてこんな日のこと、さだめし兄も饅頭売りはお休みだろうと思っていたらしく
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
繽紛ひんぷんと散る雪紙の中で、むす子は手早く取替えて、かの女にナポレオン帽を渡した。かの女はうれしそうにそれを冠った。ジュジュ以外のものも、銘々当った冠りものを冠った。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
篠井の里の片端、野菜の緑に囲繞いにょうされて、一軒の農家が立っていた。背戸には咲き乱れた桜の花が、今昼風に繽紛ひんぷんと散り、その花弁はなびらの幾片かが縁の中へまで舞い込んで来た。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
柳葉繽紛ひんぷんと散りしだき、紅錦の袍は、ひらひらと地に落ちてきた。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほとほと訪れて叩くと、かきの梅が繽紛ひんぷんとこぼれ落ちてくる。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
落花は繽紛ひんぷん、その時、一風ひとかぜ吹きて。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)