なわ)” の例文
一たびつながれては断ち難い、堅靭けんじんなるなわを避けながら、己は縛せられても解き易い、脆弱ぜいじゃくなる索に対する、戒心を弛廃しはいさせた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
次には「またその強き歩履あゆみせばまり、その計るところは自分を陥しいる、すなわちその足にわれて網に到り、また陥阱おとしあなの上を歩むになわそのくびすまつわわなこれをとらう」
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
今や報讐かたきうち稗史そうし世に行われて童児これを愛す。にや忠をすすめ孝にもとづくること、なわもて曳くがごとし。しかしその冊中面白からんことを専にして死亡のていを多くす。
仇討たれ戯作 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「今晩、遅く皆さんが寝静まった時に、花園の中の、あの石のある処へいらして、そこの樹へなわゆわえて、その端をへいの外へ投げてくださるなら、あの方がすがってあがりますよ」
断橋奇聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
健は卓の上から延び上つて、其處に垂れて居るなわを續け樣に強く引いた。壁の彼方では勇しく號鐘かねが鳴り出す。今か今かとそれを待ちあぐんでゐた生徒等は、一しきり春の潮の樣に騷いだ。
足跡 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
陳はその庭を通って小さなちんそばへ往った。そこに鞦韆ぶらんこたながあったが、それは雲と同じ高さのもので、そのなわはひっそりと垂れていた。陳はそこで此所ここ閨閣おおおくに近い所ではないかと思った。
西湖主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
或時は二階から本をなわつないで卸すと、街上に友人が待ち受けていて持ち去ったそうである。安政三年以後、抽斎の時々じじ病臥びょうがすることがあって、その間には書籍の散佚さんいつすることがことに多かった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)