石甃いしだたみ)” の例文
二つは低い石甃いしだたみだんの上に並んで立っていて春琴女の墓の右脇みぎわきにひともとまつが植えてあり緑の枝が墓石の上へ屋根のようにびているのであるが
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
門内にはそのむかし雷火に打たれたという松の大木がそのままに横たわって、古い石甃いしだたみは秋草に埋められていた。昼でも虫の声がみだれて聞えた。
しん/\と生ひ茂つた杉木立に囲まれて、苔蒸せる石甃いしだたみの両側秋草の生ひ乱れた社前数十歩の庭には、ホカ/\と心地よい秋の日影が落ちて居た。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
植込みの間の長い石甃いしだたみを進んだ。犬が吠えだした。みごとなシェファードが、建仁寺垣の傍から、金五郎に向かって、歯と舌とをむきだしている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
華やかな白熱燈の下を、石甃いしだたみの路の上を、疲れ切つた流浪人るらうにんのやうな足どりで歩いて居る彼の心のなかへ、せつなく込上げて来ることが、まことにしばしばであつた。
一際広い真白な石甃いしだたみめぐらした立派な墓所の中央に立っている巨大な石塔の前まで来ると、ソオ——ッとくびを伸ばしているうちに和尚は年甲斐もなく腰を脱かした。
見返えると、大きな丸い影と、小さな丸い影が、石甃いしだたみの上に落ちて、前後して庫裏の方に消えて行く。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
非常に奥ゆきの深い寺で、その正門から奥の門まで約三四町ほどの間、石甃いしだたみが長々と続いていた。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
狭い石甃いしだたみの道をはさんで、両側に、あらゆる商店がならんでいるが、通常日なのに、まるで祭のようで、日本髪の美しい姿が、どの店にもちらほらしている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
鍋久の一行はその群衆に押されて揉まれて、往来の石甃いしだたみの上を真っ直ぐに歩いてはいられなくなった。
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
余は石甃いしだたみの上に立って、このおとなしい花が累々るいるいとどこまでも空裏くうりはびこさまを見上げて、しばらく茫然ぼうぜんとしていた。眼に落つるのは花ばかりである。葉は一枚もない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その正面に掲げある黒髪の美青年の肖像画の前に来り、石甃いしだたみの上にたおれ伏したるまま息えぬ。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
靴をはき、また、長い石甃いしだたみを歩いて、鉄門の外に出ると、フウウッ、と、全身が風船玉のようにふくらんで縮んだような、巨大なためいきが、ひとりでに出た。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
誰が敲くのだか分らない。僕は寺の前を通るたびに、長い石甃いしだたみと、倒れかかった山門さんもんと、山門をうずめ尽くすほどな大竹藪を見るのだが、一度も山門のなかをのぞいた事がない。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
石甃いしだたみの上をダブダブと光り漂う湯の上に、膝を組み合わせる程近く引き寄せて、私の首に両の腕を絡ませると、興奮のために、ふるえる唇を、私の耳に近づけた。あえぐように囁やきはじめた。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
玄関に通う石甃いしだたみを一面にうずめていた。
半七捕物帳:24 小女郎狐 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
石甃いしだたみを行き尽くして左へ折れると庫裏くりへ出る。庫裏の前に大きな木蓮もくれんがある。ほとんどかかえもあろう。高さは庫裏の屋根を抜いている。見上げると頭の上は枝である。枝の上も、また枝である。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)