潺々せんせん)” の例文
ふと耳に、潺々せんせん、水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。
走れメロス (新字新仮名) / 太宰治(著)
其処にはただ三四尺の小さな流がもとのままに潺々せんせんたるせせらぎの音を立てているだけなのに自分勝手な思いをせていた。
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
春から冬のはじめにかけてはいつも潺々せんせんあふれているのだが、今はすっかり雪に埋れて、噴き口のあたり、僅かに澄んだ水の色がのぞいているだけだし
日本婦道記:桃の井戸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
牛乳は一旦煮沸したる者を喞筒ぽんぷにて三階に送り、其処にて氷を盛りたる鉄の曲管間を潜らせ、その状あたかも滝の如く、潺々せんせん混々、白糸を撒くが如し。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
その雪峰の前を流れて居る水は潺々せんせんとして静かに流れ去る。その漣波さざなみに明月が影を宿して居る。その月光がいちいち砕けて実にうるわしき姿を現わして居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
数町行くと、白檜森が左右に一かたまり茂って、その側に潺々せんせんたる小川が流れている。咽を湿して又出掛けた。
女子霧ヶ峰登山記 (新字新仮名) / 島木赤彦(著)
こういう時の夢には、滾々こんこんとしてふき出している泉や、釣瓶つるべから釣られたばかりの玉のような水、草叢くさむらの間を潺々せんせんと流れる清水などが断えず眼の前に出て来るもので
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
奇麗にさらってしまって、井筒にもたれ、井底せいてい深く二つ三つの涌き口から潺々せんせん清水しみずの湧く音を聴いた時、最早もう水汲みの難行苦行なんぎょうくぎょうあとになったことを、うれしくもまた残惜しくも思った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
水田は氷川の森のふもとより伝通院でんずういん兆域のほとりに連り一流の細水潺々せんせんとしてその間を貫きたり。これ旧記にいふところの小石川の流にして今はわづかに窮巷の間を通ずる溝阬こうこうとなれり。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
眼を開いて谷底をうかがふと、それは細い流れの潺々せんせんたる響きであつた。
神秘的半獣主義 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
この寺の建築は小き者なれど此処の地形は深山の中にありてあるいは千仞せんじん危巌きがん突兀とっこつとして奈落をみ九天を支ふるが如きもあり、あるいは絶壁、屏風びょうぶなす立ちつづきて一水潺々せんせんと流るる処もあり
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それが、潺々せんせんとしていわむせんで泣く谿河たにがわよりもさみしかった。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夜の十時頃日記をしたためつつ荒屋の窓から外を眺めますと、明月皎々こうこうとして大樹の上を照らして居るに河水潺々せんせんとしてなんとなく一種凄寥せいりょうの気を帯びて居ります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
何故なぜというに崖には野笹やすすきまじってあざみ藪枯やぶからしを始めありとあらゆる雑草の繁茂した間から場所によると清水が湧いたり、下水したみずが谷川のように潺々せんせんと音して流れたりしている処がある。