洪水おおみず)” の例文
それから三日目の朝のこと、笛吹川の洪水おおみずも大部分は引いてしまった荒れあとの岸を、彷徨さまよっている一人の女がありました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「あたし半ちゃんに会うまえは、世の中も人間も、ただ憎くて憎くて、みんな洪水おおみずで流されるか、火にでも焼かれてしまえって思っていたの」
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
家具といっては、洪水おおみずに流れ寄ったような長火鉢が一個あるきり、壁のすきまから月が拝めそうな風流ぶり。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
五月雨さみだれ揚句の洪水おおみずが濁りに濁って、どんどと流れて、堤を切ってあふれて出たとも申しましょうか。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まだこの小さな村が洪水おおみずで荒されない前、この桑畑に人家が幾軒もあった頃、まだこの村の人が町や、他へ移って行かなかった前までは、人家もなりあったので、その薬売は
(新字新仮名) / 小川未明(著)
二人は遠眼にそれを見ていよいよ焦躁あせり渡ろうとするを、長者はしずかに制しながら、洪水おおみずの時にても根こぎになったるらしき棕櫚しゅろの樹の一尋余りなをけ渡して橋としてやったに
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その滝がれましたと申しまして、ちょうど今から十三年前、おそろしい洪水おおみずがございました、こんな高い処まで川の底になりましてね、ふもとの村も山も家も残らず流れてしまいました。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「もう洪水おおみずになろうと、この川が幾つって逆巻さかまこうと、びくともする土ではないぞ」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで自然商売の方も店員任せにして自宅で床に就いていたが、平常へいぜいでさえ肥っていたのに、素晴らしく腫れ上ってまるで、洪水おおみずで流れて来たみたような色と形になってしまった。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いっそ不景気の現象しるしですと、茶屋奉公の昔から、胸間に欝積した金玉の名論を洪水おおみずの如く噴出されて、貞之進はそうかそうかとただ点頭うなずいて居たが、それでも小歌という好児が御在ますと
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
机の前に我れながら悄然しょんぼり趺座あぐらをかいて、そんな独言をいっていると自分の言葉にきあげて来て悲しいやら哀れなやら悔しいやらに洪水おおみずき出るように涙がにじんで何も見えなくなってしまう。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そこに虫の害があるではないか、旱魃かんばつがあるではないか、洪水おおみずがあるではないか、大風があるではないかとある人はいうだろう。自然を相手の仕事は、一面じつに正直であり、一面じつに冒険である。
最も楽しい事業 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
それと同時にガチャンピシンドタンという大騒ぎ、どんぶりが飛ぶ、小鉢が躍る、箸が降る、汁とダシの洪水おおみず。屋台もろともにこの茶所へ転げ込んで
その他の各社とも何かしら読者を惹き付ける大記事は無いか……洪水おおみずは出ないか……炭坑は爆発しないか……どこかに特別記事とくだねは転がっていないか……との目たかの目になっていた。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ええええ、火事と申せば洪水おおみずのようでもござりまして。中にも稀有けうな事でござりましたのは、貴女、万歳楽万歳楽と、屋根にも物干にも物凄う聞えます内、戸外おもて通りはどうした訳か。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
洪水おおみずだけの惨害で逃げ帰って来たのではない。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ムク犬が洪水おおみずの中から救い出して来たという人、それが竜之助であったということがわかって狂喜したのは、やや話が進んだ後のことであります。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
洪水おおみずのように涙を流しながら、今までの主人の横暴を一々数え上げて行きましたが、そのうちにとうとう口が利けなくなって、ベッドの上に突伏つっぷしますと、それまで黙って聞いておりました主人は
奥様探偵術 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
小泉の主人にこう言って注進に来たのは、小前こまえの百姓らしくあります。洪水おおみずの出る時としてはまだ早い、と竜之助は思ったけれども、この降りではどうなるか知らんとも思いました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)