沸々ふつ/\)” の例文
『貴女は約束と違ふぢやありませんか。なぜ、美奈子さんをお連れになるのです。』それが、青年の心に、沸々ふつ/\と湧き立つてゐる云ひ分であつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
大鍋の中の油汁けんちん沸々ふつ/\と煮立つて来て、甘さうなにほひが炉辺に満溢みちあふれる。主婦かみさんは其を小丼こどんぶりに盛つて出し、酒は熱燗あつかんにして、一本づゝ古風な徳利を二人の膳の上に置いた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
読者若しかれが楠河州を詠じたるの詩を読まば如何に勤王の精神が渠の青年なる脳中に沸々ふつ/\たるかを見ん。渠をして此処こゝに至らしめたるものは何ぞや。嗚呼是れ時勢なるのみ。
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
お比奈はパツとすそを蹴返すと、一しゆん、鬪志沸々ふつ/\たる惡少年皆吉になつて居りました。
銭形平次捕物控:239 群盗 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
くわふるに寒肌あはを生じ沼気沸々ふつ/\鼻をく、さいはひに前日来身躰しんたい鍛錬たんれんせしが為め瘧疫ぎやくえきかかるものなかりき、沼岸の屈曲くつきよく出入はじつに犬牙の如く、之に沿うてわたることなれば進退しんたい容易やうゐ捗取はかどらず
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
沸々ふつ/\として到るにふ、天そゝり立つ大嶽とはれか、眼前三四尺のところより胴切に遇ひて、ほとんど山の全体なるかを想はしむ、下界しばしば見るところの井桁ゐげたほどなる雲の穴よりあるいしわを延ばし
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
彼は、そこに二三分間待つたが、心の底から沸々ふつ/\と湧き上つてゐる感情の嵐は、彼を一分もぢつとさせてゐなかつた。電車を待つてゐるやうな心の落着は、少しもなかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
木製の自在鍵に掛けた鉄瓶てつびんの湯も沸々ふつ/\と煮立つて来たので、叔母は茶を入れて款待もてなさうとして、急に——まあ、記憶といふものは妙なもので、長く/\忘れて居た昔の習慣を思出した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)