樹陰こかげ)” の例文
牛方はすぎの根元にあった古い切り株を半蔵に譲り、自分はその辺の樹陰こかげにしゃがんで、路傍みちばたの草をむしりむしり語り出した。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
日は来たりぬ、われ再びこの暗くしげれる無花果いちじく樹陰こかげに座して、かの田園を望み、かの果樹園を望むの日は再び来たりぬ。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「おん身の非難の余波ぐらいで乱されるこの門であったら、億衆の中に立って、救世ぐぜ樹陰こかげとなる資格はない」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
 夜をめて気持のよいもののがたゆたい、まっ黒な月桂の樹陰こかげに、暗香それと知られたるヘスペリスの花壇に沿うて立つファウンの大理石の手にもてあそばるる笛の
大小無数の水禽すいきんのさざめき、蛇のように、長いくびをくねらして小さなえさをさがしてはついばんでいる駝鳥だちょうおりの外には人間どもが、樹陰こかげのベンチの上に長々と寝そべったり
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
涼しい樹陰こかげに五六艘の和船わせんが集つて碇泊して居るさまが絵のやうに下に見えた。帆を舟一杯にひろげて干して居るものもあれば、をかから一生懸命に荷物を積んで居るものもある。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ところがお変りだらけで不結構ぶけっこうという次第を、只今御内方ごないほうへ陳述いたしてるところで、実に汗顔かんがんの至りだが、国で困難をして出府いたした処、頼む樹陰こかげに雨が漏るで、龜甲屋様の変事
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そして、樹陰こかげから路の上に狙いを据えて馬車を待った。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
青い樹陰こかげにもの憂い光り
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
がけに添うた村の裏道には、村民の使用する清い飲料水がといをつたってあふれるように流れて来ている。そこは半蔵の好きな道だ。その辺にはよい樹陰こかげがあったからで。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いきなり横合の樹陰こかげから跳び出した人影がある。しゃれ声ですぐ老人であることは分ったが、手には、槍を引っげ、はかまを高くくくし上げて、まるで夜叉やしゃのようなけんまくだった。
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それだけにまた、彼の好奇心は、そこを去りかねた様子で、往来の樹陰こかげにひたと身をつけて、やがて田圃たんぼあぜを渡って、自分の前へ来そうな気のする——先刻さっきの人影を待ちぬいていた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
峠の上の国境に立つ一里塚いちりづかえのきを左右に見て、新茶屋から荒町あらまちへ出た。旅するものはそこにこんもりと茂った鎮守ちんじゅもりと、涼しい樹陰こかげに荷をおろして往来ゆききのものを待つ枇杷葉湯びわようとう売りなぞを見いだす。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)