板子いたご)” の例文
温泉場ゆば御那美おなみさんが昨日きのう冗談じょうだんに云った言葉が、うねりを打って、記憶のうちに寄せてくる。心は大浪おおなみにのる一枚の板子いたごのように揺れる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
左右からせきたてて、小船の板子いたごをしいた死の伊那丸いなまるをひかえさせた。そして床几しょうぎにかけた梅雪ばいせつ目礼もくれいをしてひきさがる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうど十日ばかり以前のある午後、僕等は海からあがった体を熱い砂の上へ投げ出していた。そこへ彼もしおに濡れたなり、すたすた板子いたごを引きずって来た。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
けれども大船おおふねに救い上げられたからッて安心する二葉亭ではないので、板子いたご一枚でも何千トン何万噸の浮城フローチング・キャッスルでも
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
と其の夜一夜を祈り明かし、夜の白々しら/\と明くるを幸い、板子いたごいたる道具にて船を漕ぎ寄せようと致しますると、一二丁は遠浅で、水へ入れば腰のあたり
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
友達の眼の長く切れたがた細君さいくんと、まだ處女で肉付に丸味のある妹とは、その色白の肌に海水着の黒いのを着て、ボートの板子いたごに一緒に取り附いておよいだ。
地方主義篇:(散文詩) (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
あの麗しいコゼットは、難破者たる彼にとっては一枚の板子いたごであった。しかるに今やいかにすべきであったか。それに取りついているべきか。それを離すべきか!
それからどうにか伝馬を着けると、ひらひらと板子いたごの上を駈けて渡った。それからのことである。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
になわなくては持てないほど獲れたりなんぞする上に、これを釣る時には舟のともの方へ出まして、そうして大きな長い板子いたごかじなんぞを舟の小縁こべりから小縁へ渡して、それに腰を掛けて
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
板子いたご一枚下は地獄じごくである。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
板子いたごに立ちて騷ぐらむ。
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
みやもとにくくりつけられていた咲耶子さくやこは、罪人のように追ったてられて、板子いたごのならべてあるとなりへすえられた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんな野郎が此の町中をのそ/\歩きやアがるんで、夜商人よあきんどの蕎麦屋だの家台店やたいみせなどはのくれえ困るものが有るか知れねえから、殴り倒してやろうと思い、手頃の板子いたごを一枚持って
日が照る海がかがやく鰯船板子いたごたたけりあきらめられず
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そのまに、二、三人の郎党ろうどうは、小船の板子いたごを四、五枚はずしてきて、武田伊那丸たけだいなまるの死のをもうけた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)