早苗さなえ)” の例文
高等科の列の中から正や吉次や、小ツルや早苗さなえのうるんだまなざしが一心にこちらをみつめているのを知ったのは、壇をおりてからだった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
信長がどう虚を衝いても、大介が命令一下に、貝が吹かれ太鼓が鳴ると、どんなに乱れていた兵も馬も、青田の早苗さなえのように、揃って並んだ。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
跡取りの謙之進けんのしん様——十歳になったばかりのを屋敷にのこし、十二歳のお嬢様早苗さなえ様というのと、お腰元のお菊、それに用人の市太郎をつれて
たゞ、所々植付けられたばかりの早苗さなえが、軽いほのぼのとした緑を、初夏の風の下に、漂わせているのであった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
田の形、畔の形など現然として、春は誰がなすともなく苗代の種を蒔き、夏は早苗さなえを植え渡し、秋はまた誰刈るともなく穂切れて茎が残るといっている。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
三階の部屋から、丘の松、小山田の早苗さなえの風、嶺越しの青熒せいけいの麦野が眺められます。こゝはまた、それだけのもので、やはり所在なくて、宵寝をします。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
早苗さなえとる頃」で想い出すのは子供の頃に見た郷里の氏神の神田の田植の光景である。このときの晴れの早乙女さおとめには村中の娘達が揃いの紺の着物に赤帯、赤だすきで出る。
五月の唯物観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「高田先生(早苗さなえ)は、あたしを女のままで、女役にして、団十郎ししょうの相手をらせてくださろうとなさったのだったと、はじめて——始めて、わたしは気がついた。」
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
当時矢伏は、すでに刑死台にのぼっていて、遺族としては早苗さなえという一人娘がいるだけであった。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
声とともに、静かに障子があいて顔を出したのを見ると、お蓮様づきの侍女、早苗さなえです。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「いまはだめって申上げているでしょ、畑中の早苗さなえさまが待っているのよ」
燕(つばくろ) (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おとうさまも、おかあさまも、妹の早苗さなえさんも、まだ小学生の弟の壮二そうじ君も、大喜びでした。下関しものせきで船をおりて、飛行機で帰ってくるというので、その日が待ちどおしくてしかたがありません。
怪人二十面相 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おのがうたにさやなぐさむさみだれの雨の日ぐらし早苗さなえとるなり
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
早苗さなえとる水うら/\と笠のうち
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
岬組の生徒たちの真情にふれた思いで、ふとなみだぐんだ先生も、最後の小夜奈良で、思わずふきだした。早苗さなえからだった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
雪の上に畝を立てて、すすきの穂やわらなどを早苗さなえに挿し、ああくたびれたと冗談をいう者もあれば、小苗打ちどうしたなどと小児らに戯れて、歌をうたいまた酒を飲んだ。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
檢屍もとゞこほりなくすみましたが、下手人げしゆにんは何んとしても擧がりません。その時家の中に居たのは、殺された市太郎の外には、女主人の浪乃と、小さい娘の早苗さなえと二人きり。
早苗さなえがやさしく風に吹かれているのを見に寄ったり、島田では作楽井の教えて呉れた川越しの蓮台を蔵している家を尋ねて、それを写生したりして、大井川の堤に出た。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
道に立ち見てゐる人に早苗さなえとる
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
これほどよわり、いたわられている彼女が、ふたたび教職にもどれたのは、かげに早苗さなえ尽力じんりょくがあったのだ。早苗はいま、みさきの本村の母校にいた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
検屍けんしも滞りなくすみましたが、下手人げしゅにんは何としても挙がりません。そのとき家の中に居たのは、殺された市太郎の外には、女主人の浪乃と、小さい娘の早苗さなえと二人きり。
早苗さなえ取る手許てもとの水の小揺さゆれかな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
跡取の謙之進けんのしん樣——十歳になつたばかりのを屋敷に殘し、十二歳のお孃樣早苗さなえ樣といふのと、お腰元のお菊、それに用人の市太郎をつれて、根岸の御隱殿裏の貸家に籠つた——不義ふぎ汚名をめいせられ